第十二幕その十二
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「なかったのに」
「それが変わったね」
「本当にそうね」
「いや、こうして論文を書いてるとね」
先生はサラににこにことしてお話しました。
「やっぱりいいね」
「兄さんの性に合ってるのね」
「そうだね、やっぱり」
「論文書いてちゃんと毎日お仕事して」
「充実してるよ」
実際にというのです。
「本当にね」
「それは何よりよ」
「サラもそう言ってくれるね」
「ええ、ただね」
「ただ?」
「兄さんはすぐに満足するのよね」
こう言うのでした。
「何でも」
「ああ、もうこれでいいって」
「そうよ、すぐにね」
本当にというのです。
「幸せならそれでいいって」
「それ以上の幸せは求めない」
「昔からずっとそうだから」
「それは悪いことかな」
「悪いことじゃないけれど」
サラは先生に言うのでした。
「もっと欲があっていいのよ」
「欲が?」
「もっともっと幸せになりたいとかね」
「そう思っていいんだ」
「そうよ、野心というかね」
「そうした気持ちをなんだ」
「持ったら?」
「僕が野心ね」
そう言われるとです、先生は微妙なお顔になりました。そのうえでサラに対して微笑んで言ったのでした。
「じゃあ今よりも美味しい紅茶を飲みたいとか」
「それが兄さんの野心?」
「もっといい論文を書きたいとか」
「そういうの?」
「医師として沢山の人を助けたい」
「そういうのは野心じゃないでしょ」
サラは先生にやれやれといったお顔で応えて言いました。
「全然」
「違うかな」
「最初のは願望、後の二つは向上心じゃない」
「野心じゃないんだ」
「最初のはメーカーの人の努力、後の二つは兄さんの努力でなるものでしょ」
「そうだね」
「努力はいいけれど」
「野心はなんだ」
「また別のものよ」
そうなるというのです。
「だからね」
「また違うんだ」
「そうよ、兄さんは本当に無欲だから」
「今のままでだね」
「満足するから。けれど人が困っていたら」
「うん、僕に出来ることならね」
「助けたいって思うのはね」
その気持ちはというのです。
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