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亡命編 銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第七十四話 肉を斬らせる
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ヴァレンシュタイン提督がクスクスと笑いだし部屋の空気が幾分軽くなった。チュン参謀長も困った様なバツが悪そうな表情をしている。
「まあ落とす事は可能なんですけどね」
「……」
何気ない、さらっとした口調だった。俺も参謀長もミハマ中佐も唖然として提督を見ていた。提督はそんな俺達を見て悪戯っぽく笑い声を上げた。
「では何故イゼルローン要塞を落とさないのです。先程も言いましたが要塞での防衛戦の方が有利に戦えると思いますが」
今度はチュン参謀長も何も言わない。黙って提督を見ている。
「イゼルローン要塞を落とすと帝国領へ攻め込めと言う意見が出そうです。防衛戦どころか侵攻作戦になりかねない……」
「……」
「十分な戦力が有るのなら戦争は防衛戦の方が有利なんです、地の利が有りますからね。戦力を集中しやすいし補給の負担も少なくて済む」
なるほど、だからフェザーンか……。イゼルローン要塞方面での戦闘では帝国軍は要塞周辺での防御戦を行うだろう。それでは帝国軍に大きな損害を与え辛い。要塞を落とせば帝国領への侵攻作戦になる。どちらも同盟にとってはリスクが高い割にはリターンが小さい……。
「参謀長が政府の許可を得なくて良いのかと言っていましたが、これは帝国軍を誘引する軍の謀略として行う、それがトリューニヒト国防委員長、シトレ元帥の御考えです」
政府内で了承を取ろうとすれば必ずフェザーンに漏れる、それを怖れての事だろう。国防委員長、シトレ元帥の考えと言っているが、ヴァレンシュタイン提督もそれに関与しているはずだ。いやイニシアチブを取ったのは提督だろう。
「小官が此処に呼ばれているのは護衛という事ですか?」
俺の質問にヴァレンシュタイン提督が頷いた。
「そうです、フェザーンでは何が有るか分かりません。頼りになる人間を十人ほど用意して欲しいですね」
「了解しました。当然ですが小官が護衛の指揮を執ります。ミハマ中佐はどうします?」
「小官も同行します、宜しいですよね、提督」
俺の問いかけに慌てたように中佐が答えた。睨むように提督を見ている。
「良いですよ、多分、一生の思い出になるでしょう。楽しみですね」
そう言うとヴァレンシュタイン提督は笑みを浮かべた。怖い美人の笑顔だ、どうやらフェザーンでは余程の修羅場が待っているらしい。
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