巻ノ九十五 天下の傾きその十一
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「大助をお育て下さい」
「ではな」
「私もそうしますので」
「母としてじゃな」
「そうします」
「では頼むぞ。しかしな」
「しかしとは」
「うむ、この山に入ってからじゃ」
九度山にとだ、幸村はこうも言った。
「子を授かるとはのう」
「これまでどうしてもでしたね」
「子を授からなかったが」
「それも縁でしょう」
「縁か」
「はい、子は望まずとも出来る時もあると聞いております」
その夫婦がだ。
「そして望んでも得られない時もあれば」
「以前の我等の様にな」
「そして今の私共の様に」
「授かることもじゃな」
「あります、それは全てです」
「縁か」
「人がどうしようとも果たせない時があるのが子作りというもので」
そしてというのだ。
「我等はです」
「今がそうした縁であったか」
「それならば」
「大助を育ててじゃな」
「また子を授かりましたし」
己のその腹を見ていとおしげに撫でてだ、妻は幸村に話した。
「産ませて頂きます」
「頼むぞ」
「必ずやよき子を」
「子は何人でも欲しい」
幸村は顔を綻ばせて言った。
「拙者としてはな」
「それでは」
「またよい子を産んでくれ」
幸村は妻に温かい声をかけた。
「是非な」
「そうさせて頂きます」
「その様にな、子はやはりな」
「かすがいですね」
「銀や金よりも尊い」
幸村はこうも言った。
「万葉集にもあったが」
「歌ですか」
「うむ、拙者は歌は今一つ苦手じゃが」
歌うのはだ、幸村はそちらの自信は乏しい。学問として自身も作ったりしているがそれでもそちらはなのだ。
「しかしな」
「その歌はですね」
「覚えておる、万葉集のものじゃ」
「そうですか」
「そしてその通りだと思っておる」
「旦那様は富には興味はおありではないですが」
妻にしてもそうだ、彼女もまたそうしたものには興味がない。ただ夫と共にいられ母であることを望んでいるのだ。
「しかしです」
「この言葉はじゃな」
「その通りだと思います」
「まさにじゃな」
「はい、子はかすがいです」
「その通りじゃな」
「それでは」
夫にあらためて言った。
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