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霊群の杜
輪入道 後編
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師は俺の背後を凝視している気がした。俺はひゅっと小さく息を吸い込み、覚悟を決めて振り返った。
俺の横を慌ただしくすり抜け、医師は部屋の一番奥…一番綺麗な水槽にしがみつき、何故、何故…と。


水槽を漂う臍の緒は無残に切り裂かれ……その先の胎児は跡形もなく消えていた。…一人残らず。



「小梅!?」


よく聞き慣れた声が階上から聞こえた。
少し先の階段の方からせわしい足音が数人分、聞こえてくる。俺はドアノブに飛び付いてモタモタとドアを開けると声の方に向かってダッシュした。…くそ、冷え切った小さい体がもどかしい。
「まちなさい、小梅ちゃん。そんなに急ぐと危ないよ」
全ての胎児を失って精神的打撃を受けていた筈の医師が、何食わぬ笑顔で俺を追って来た。…なんてメンタルの強さだ。俺は密かに舌を巻いた。だけど俺は勝った。あの変態センセイの魔の手から小梅の体を守ってのけたのだ。いいぞ俺。最高だ俺。


あとはこの変態センセイに、人生最悪の一日をプレゼントして俺の大仕事はお仕舞いだ。


30人以上の母子を殺し、小梅を攫おうとした報いだ。お前の人生ごと台無しにしてやる。この町に居る限り一生、後ろ指を指され続けるようなとんでもない爆弾を投下してやるからな。幼女の俺ならいとも簡単にそれが出来るのだ。俺は大きく息を吸い込み、驚愕の表情で階段から駆け下りて来た姉貴と旦那、その他に向けて大声で叫んだ。


「パパ、ママー!!あのお兄ちゃんが、小梅のパンツ脱がそうとしたのー!!」


力の限り叫んだ俺は、皆の反応を確認するためにそっと顔を上げた。…ざまみろ変態センセイ、お前の輝かしいキャリア終焉の瞬間だ…………
「―――へ?」
俺の野太い声が反響する薄暗がり。
そこは俺がさっきまで居た、書の洞だった。


そして傍らには、爆笑しながら崩れ落ちる奉の姿があった。




「―――大変だったのです。あのあと小梅ちゃんが目を覚ましてしまって」
子供が遊んで楽しいおもちゃはないし、奉さんが相手をするしか…そう、呟くように云って、きじとらさんが目を反らした。傍らの奉は、ぐったりと座椅子に体をもたれさせている。俺と目を合わせようともしない。
「ほら、体が大きいものですから…お馬さんごっことか、特に大変で…」
「トラウマ級の重さだったねぇ…」
……やめろ。
「大きな声で、幼稚園で習った歌と踊りの発表会も…」
「大声は洞に響き渡り谺し…可哀想に、最深部に棲む蝙蝠がぽとりぽとり落ちていたねぇ…」
「まだ、ぐったりしています。…可哀想」
……やめろってば。
「奉様のお膝に…ちょこん、いえ、どすんと座って、ほっぺをスリスリ…いえ、ジョリジョリさせながら」
リアルに云い替えるのやめてくれますか、きじとらさん。

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