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亡命編 銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第六十八話 流血の幕開け
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。見たくない幻を止めたのはフェルナーの声だった。
「リヒテンラーデ侯が御二方にお話しがしたいと仰られています」
「無事なのか、侯は」
「重傷を負っておられます、御急ぎください」
重傷か、あるいは死に瀕しているのかもしれない。リッテンハイム侯と顔を見合わせた。侯が頷くとそれを見たのだろう、シュトライトとフェルナーが歩き始めた。後を追う。
リヒテンラーデ侯は大広間の片隅に横たわっていた。腹部に大きな石の破片が突き刺さっている。おそらくは大理石の彫像の一部だろう。他にも傷を負っているようだ。侯の傍には医師らしい男が居て懸命に手当てをしている。
そして侯の傍にはアンスバッハが横たわっていた。眼を見開いているが光は無い……、死んでいるのだろう。分かっている、アンスバッハは生きていれば必ずわしのところに来る。来ないという事は負傷して動けぬか、死んだかだ。鼻の奥にツンとした痛みが走った。
「遅いではないか、屋敷の主人が客を待たせるとは、なっておらんの」
喘ぎながら老人が声を出した。顔色が悪い、出血が酷いのだろう、だが表情には皮肉を湛えた笑みが有る。相変わらず可愛げなど欠片もない老人だ。
「教えてくれ、陛下は如何された、誰も答えてはくれんのだ。卿らなら答えてくれよう、亡くなられたのか」
「……陛下は亡くなられた」
わしの言葉にリヒテンラーデ侯が目を閉じた。
「そうか、亡くなられたか……。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯、人払いをしてくれんか。……卿も外してくれ、私の事はもう良い」
リヒテンラーデ侯の言葉に手当をしていた男が血相を変えて抗議した。
「何を仰られます、私は」
「良いのだ、陛下が亡くなられたのだ、わしも幕を引く時だろう。これまで御苦労だった」
「……はっ」
男がうなだれて侯の傍を離れた。そして離れたところからこちらを思い詰めた表情で見ている。
「リヒテンラーデ侯、あの男は」
「我が家の使用人での、あれが医師になるまで援助し続けた。それに恩義を感じているらしい、困ったものだ」
苦笑交じりの声だ、時折咳き込む。
「あの男に手当をさせてはどうだ、死に急ぐことは有るまい」
ここで生き延びても皇帝が死んだ以上待っているのは失脚、そして死という事になる。そして死を命じるのはわしかリッテンハイム侯……。我ながら白々しさに嫌気がさした。
「本来なら皇位に就かれる方ではなかった。私の過ちが無ければ権力には無縁でも安楽な一生を終えられる方だった……。陛下はまだ幼い、私が手を引いてやらねば御一人ではヴァルハラに行けまい……」
「……」
リヒテンラーデ侯の口調には哀しみが有った。らしくない口調に胸を衝かれる様な想いがした。幼児を担ぐしかなかった、その結末がどうなるかも或る程度は見えていただろう
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