輪入道 前編
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いるよ」
何故だろうか。俺はこれを『云わずに』やり過ごす気だったのに。
この感覚に間違いがなければ、俺は今『云わされた』のだ。
―――彼らは俺の喉をこじ開けるようにして、怒りや恨みを押し出してきた。現にその言葉は俺の喉を通り過ぎる時、薄気味悪い体温を伴っていた。
そこで標本並べて微笑んでいる変態センセイなんかより、余程恐ろしい1対の存在が30余り、俺の背後で揺らめいている。
元々俺は少し『視える』質の人間だが、子供の澄みきった水晶体を通して視るこの部屋の光景は、少し…尋常ではなかった。
「この人たち、みんな怒ってるよ。変態センセイに」
奴の顔が、すっと熱を失った。俺の視線に気が付くと、元通りの人の良さそうな微笑を浮かべて、俺の傍らにしゃがみ込んで眼を合わせてきた。…首筋をぬらりと撫でられたような寒気が、張り付いた。
「…どうして、怒っているのかな?」
―――気持ち悪い。
この男は心底、自分で殺めた彼女達を『家族』と信じて疑っていないのだ。気味悪さを通り過ぎて気の毒になってきた。自分を取り囲む水槽の中で揺らめく『母子』が、自分をどんな目で見つめているのか、この男が知ったら。
怪我をしない程度に。奉はそう云った。
だから俺は変態センセイを適度に茶化して悪童を演じるに留めるつもりだったのに。だが言葉が止まらない。
―――これは、俺の言葉じゃない。
「殺したからだよ、あんたが」
―――よせ、殺される。
「皆、毎日、あんたが丹念に磨く水槽の中で、じっくりとあんたを視ているよ。恨んでいるよ」
「…嘘だよ。僕たちは家族だもの。毎日、ここでみんなで過ごしているんだ」
―――やめてくれ。辛かったんだろ。分かる、分かるから。やめてくれ。でないと小梅が!
「恨みだけで殺せる程、私たちは強くないの。だから決めたの。恨み続ける。この男が気づくまで、誰かが気づくまで、恨みの言葉を唱え続けるの。呪いかたは分からないけど、呪い続けるの」
「―――嘘つきな子だね、小梅ちゃん」
笑顔の医師は、ゆらりと俺の前に立ち塞がった。…すまん奉。俺は失敗した。俺は…小梅は、恐らくあと数分で殺される。俺は水槽の死者達に利用されたのだ。呪いの言葉を伝えるために。
さっきまで虚ろな恨みの気配だけだった水槽の母子が、口々に呪いの言葉を吐き出し始めた。それは無秩序で、奔放で、俺の口では追いつかない。だが訳の分からない罵倒の言葉が口から迸り出る。
…無理だ、こんな感情の渦、俺には耐えられない。
「…お前馬鹿かよ、なにこんな場所に平気で通い詰めてんだよ!」
死者の言葉を振り切って、俺はようやく怒鳴った。
その時には医師は、既に俺の…小梅の左腕をそっと、だが力強く握りしめていた。そして右手でポケットをまさぐ
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