第四章
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「振ります、ですから」
「はい、それでは」
「それではですね」
「最後まで、ですね」
「振られるのですね」
「そうします」
こう言ってだ、薬を飲んでだった。
第二幕も指揮しそして第三幕もだ、ウェーバーは振った。最後の最後までだった。
振ってカーテンコールにも出た、だが観客達はそのウェーバーを見てわかった。
「あれでは」
「あのお身体では」
「もう幾許もないぞ」
「どう見ても」
「よく最後まで振れたものだ」
「全くだ」
「明日倒れてもおかしくない」
こう言うのだった、ウェーバーを見て。彼は力ない様子で手を振っていた、そして劇場から出ると程なくしてだった。
床についた、そうしてその床の中から言うのだった。
「最後まで振れました」
「ご自身の作品を」
「最初から最後まで、ですね」
「振ることが出来た」
「だからですね」
「満足です。最後の最後にです」
顔には死相が出ていた、だが。
その顔は満ち足りていてだ、彼等に言うのだった。
「振れて。これで心置きなくです」
「旅立てる」
「そうだというのですね」
「最後の最後まで振られて」
「それで」
「はい、もう思い残すことはありません」
その満足している顔でこうも言った。
「神に感謝しています。そして」
「そして?」
「そしてといいますと」
「これまで見守り気遣って頂き有り難うございます」
彼等にも言うのだった。
「このこと心より感謝しています」
「そう言って頂けますか」
「私共に」
「その様に」
「はい、このことも忘れません」
神の前に旅立とうともというのだ。
「決して。ではまた」
「はい、神の御前で」
「またお会いしましょう」
「それではその時まで」
「暫しのお別れを」
「それでは」
周りの者達も応えた、そしてだった。
ウェーバーは静かに目を閉じ眠りに入った。これがカール=マリア=フォン=ウェーバーの最期だった。
ウェーバーは彼の作品であるオベロンを振ってロンドンで客死した、結核であったがその身を押してそうした、彼は指揮を終えて世を去った。これは音楽家として冥利に尽きるということか。少なくとも彼は果たすべきことを果たして世を去った、このことは紛れもない事実であろう。このことを少しでも多くの人に知ってもらいたいと思いここに書いた。
有終の美 完
2016・12・17
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