V.千年桜の亡霊
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そこはまるで別世界だった…。周囲は何もない草原であり、少し歩けば林や蓬莱寺跡はあるものの、町の中心からはかなり離れている。
そのため人影は全くなかったが、まぁ…あの噂のせいもあるのだろうがな。
だが、そのことを指して“別世界"と思ったわけではない。僕達の目の前に立つ千年桜が、まるで「今が春の盛り」と言わんばかりに、その枝いっぱいに花を狂い咲かせていたのだ。
「こりゃ…想像以上に…。」
颯太が呟く。それはそうだろう。思った以上に「美しく」、かつ「厄介」なのだから。
「どうする?」
「試しに“風"を舞ってみよう。」
「分かった。」
そう言うと僕達は、千年桜の近くまで歩み寄った。そして僕は腕に鈴を付け、颯太は鼓を抱えて地面へと座ったのだった。
僕の言った“風"とは、櫪家に伝わる解呪舞の一つだ。他に“火"“水"“土"の合わせて四つの舞が伝えられている。
しかし、これは解呪の術の一つに過ぎず、舞以外にもその方法は多岐に渡っている。僕自身、得意としているのが舞というだけだ。
-天つ風 落つる命も 愛しける 潤いし月 乱すことなし-
鼓と共に颯太が唄う。それに合わせて僕が舞うのだ。
唄は七五調を基準に書かれ、主に短歌で書かれていることが多い。
この“風"にはそれが七連あり、四つの舞の中でも一番小規模であるものの、舞の型は一番難しいとされている。
-暗き夜の 見えぬ風は 戸を叩く 黒き月影 誘う声か-
四つめの唄に入った時だった。急に風が吹き荒れ始めた、千年桜の花弁を舞い散らした。
-何奴じゃ!私の邪魔をするのは、一体何奴じゃ!-
吹き荒む風の中、はっきりと女性の声が響いた。それはまるで大地が響くような、または天から落ちる雷のような…。
-もう止めぬか!私から離れおれ!-
そう聞こえたかと思った刹那…目の前に、般若のような怒りを露にした女性が姿を現した。
哀しみ、苦しみ、憎しみ、淋しさ…。それらの感情が全て入り混じった表情は、正しく般若そのものだと言えた。
「何故に人を襲うのだ!貴女を土に還した者は、もはやこの世には亡いというのに!」
-黙りおれ!彼の者は子孫を繋いでおるというに、何故に私は一人冷たき土に埋もれねばならなんだ!-
これは…ただの風ではない…。彼女の怨念が気となって舞っているのだ…。どうしたらこれ程の憎悪が生まれるのか?
「貴女は何故にここまで世を怨むのだ!」
-まだ言うか!小賢しいこわっぱめ!-
そう聞いたかと思った刹那、僕の意識はプツリと途切れてしまったのだった。
「お気付きになられましたか。旦那様はいつも御無理をされて…。この彌生、十年は寿命が短こうなった気が致します。」
いやいや…それでは今すぐにでも逝って
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