第四部五将家の戦争
第六十四話 万の便りと二筋の煙
[2/6]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
ていることは理解している。
単純にあせくせ飯やら材木やらの手配をする上ではいい迷惑であるが、丸枝は其れを全く持って当然のことと受け止めていた――自分も将校などでなければ真っ先に逃げ出していただろうから。
「連隊長殿、馬堂中佐殿か‥‥‥」
丸枝は茫洋とした口調で繰り返した。彼にとって馬堂中佐は新城直衛以上に雲の上の存在である。
丸枝は天領である霊州にて中堅問屋を営む家の生まれである。父は長男である彼より次男に商才を見出してしまった。つまりは後継ぎとしては不要と烙印を捺された事で、幼年学校に放り込まれた。幼年学校は、誰もが想像していた通り丸枝にとって新天地とは程遠かったがいくばくかの幸運には恵まれたのだろう。一年目にして戦闘の素質が皆無であると評価を下した教官が陸軍兵站学校に手を回してくれたおかげで輜重将校としての道に逃れることが出来たのである。
〈皇国〉陸軍において所謂兵站部門の将兵はけして悪い扱いを受けていない、軍官僚として軍監本部、兵部省にて勤務を行うのならばむしろ他の兵科将校よりも早期に幕僚、行政経験を積む機会に恵まれていた。下士官兵も退役後の働き口でいうのなら銃兵などよもはるかに恵まれていた。
だが――望んで狭き門をくぐろうと努力するものと戦闘兵科には不向きであるという理由だけで送られた者の違いはどこにでもある、それだけの話であった。
その証拠に同じ衆民出身の兵站学校同期がすでに大尉として聯隊幕僚を務めているのに丸枝は初陣である龍口湾防衛線でも糧食配給の手配を執り行っていただけであった。
一方の馬堂中佐というと(少なくとも丸枝の知る限りでは)典型的な学業優秀な貴族将校を現実にしたような俗な言い方をすれば“完璧な軍歴を鼻先にぶら下げている”皇都で政治をする為に将校になったような青年であった。
二十三歳――軍に身を置いて八年で大尉となるのは平時の昇進速度としては極めて早かった。軍官僚として父の後を歩むことを期待されていたからに他ならない。
名門の後継者として申し分のない人間と家業も継げずに流され追いやられここに至った自分を比べる気にすらならなかった。かつて一度だけ言葉を交わしたことがあるが――やはり立っている場所が違うものだと思わされるものであった。
「伍長は馬堂家領の産まれだったかな」
「はい、中尉殿」
第十四連隊は駒州軍の部隊を集成したものだ。とうぜんながら馬堂家領部隊の者も多い。
「あそこは結構景気も良いんじゃなかったけ」
東州乱で前線を離れた豊守が改革を強力に推進し、急速な軍縮と教育整備、産業投資が進めたのである。
鳥倉はまさしくそうした急進的な“天領化”の過程で生まれた領民の一人だった。――つまりは読み書きや計数の基礎に天下の仕組みについても学ぶことで一種の諦観を抱きながらも、
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ