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満願成呪の奇夜
第22夜 人喰
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したのは手遅れになってからだった。

『ヒトクイ……ミステル。ノカ。ヤハリ、キサ……』

 焔を纏ったギルティーネの斬撃を無数に浴びて激しく焼かれる呪獣に浮かぶ顔が、熱に魘されるように融解していく。地を這うような言葉にならない怨嗟の合唱がふつふつと途切れていき、それは数秒後にはただ地面を焦がしただけの痕となった。

 ギルティーネの目が無感動に動く。呪獣を倒した痕に浮かぶように、呪法具のような銀のペンダントが落ちていた。ギルティーネは無造作に剣を振り上げ、それに剣先を定め――。

「あ……かっ」
「………………」

 痙攣しながら吐血するトレックの姿を目に捉え、ほんの僅かな逡巡の後にトレックの下へと向かう。彼の横に燃え盛る剣を突き刺し、彼の法衣を力任せに引き破り、傷を確かめるように抉られた脇腹を凝視する。
 ぼたぼたと、心臓の鼓動に合わせるように噴き出るどろりとした血。覗く桜色の鮮やかな臓物、或いは血色を感じられない青ざめた肉。感情のひとかけも感じさせない無機質な瞳でそれを見たギルティーネは、彼を仰向けにして、その顔を傷口に近づけた。

 そして――。



 = =



 薄れゆく意識の中、ぴちゃぴちゃと、水音が聞こえて消えかけた意識が僅かに覚醒する。

 指一つ動かせない体。背中から感じられる張り付くような感触は、自分の命の源である血。熱さも、寒さも、触覚も痛覚も感じられない肉体になっている事を、心の中の誰かが冷静に自覚する。水音と、やけに大きな心臓の鼓動だけが世界に満ちていた。

 指も動かせない体なのに、視界は微かにあった。試しに視界を水音のする方に向ける。

 そこは自分の抉られた腹で、そこには、女がいた。
 美しく流れるような黒い髪。蒼緑の瞳。絹のような白い肌は、しかし部分的にとても紅い。

(ギル、ティーネ……さん)

 それは一心不乱に、或いは愛しさを込めるように、それでも変化しない平坦な表情で、自分の傷に口をつけて貪るように動くギルティーネの姿が見えた。せっかく綺麗に整えた髪は中ほどまでが血に染まり、口元は童が果実を食べた後のように赤く染まっている。

 浅ましい、獲物を食い散らかす獣のような姿。しかし彼女は人間だ。
 人間が人間を喰らう。嗚呼、なんと冒涜的な事だろう。
 しかし彼女はそれに呵責や躊躇をいった感情を、いや、そも感情などないかのように夢中に死に体の己を貪っている。不思議と恐ろしい、とかやめてくれ、とは思わなかった。

(人喰いドーラット………それも、いいか。どうせ消えてなくなるのなら、呪獣より人の体になって………)

 そこで、意識は再び途絶え、また認識が深い深い、際限などないかのように暗いところへと沈んでいった。



 = =


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