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SNOW ROSE
間章W
月影にそよぐ風
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朦朧としていたレイチェルは、母モニカの手を借りてそれを飲み干すと、再び深い眠りへと誘われた。だが、先程までとは違い少しずつではあるが、レイチェルの息遣いは落ち着きを見せてきたのである。
「これで一先ずは安心か…。」
 レイチェルの寝顔を見詰め、傍らにいた大司教は呟いた。
 しかし、これは一時的なものでしかなく、再び同じ薬を与えても効かぬことは分かっていた。
 暫くして、大司教はアンソニーとモニカへと歩み寄り、済まなさそうに言ったのであった。
「そなたらには済まぬと思うが、レイチェルをこのまま大聖堂へと移したい。ここでは満足に治療も出来ぬでな。万が一のことでもあれば、わしはクラレスに顔向け出来んしのぅ。」
 大司教の声は静かであった。それはまるで孫を案ずる老人のようであり、また人々を守る御使いのようでもあった。アンソニーもモニカも大司教へと頭を下げ、「お願いします。」とだけ囁くように返答するのが精一杯であった。
「ミューテル、そなたはわしと共に参れ。こちらの診療所は、そなたの弟子達でもどうにかなろう。そなたがクラレスの戻るまで、レイチェルの診療にあたるのじゃ。」
「はい。仰せの通りに…。」
 ミューテルは大司教の命を直ぐ様受領した。そしてレイチェルは、そのまま馬車へと静かに運ばれ、大聖堂へと連れて行かれたのであった。
 同じ頃、ペーターはヴェヒマル大聖堂へと赴いていたクラレスの元に辿り着き、レイチェルの容体を説明していた。それを聞くや、クラレスは直ちにコロニアス大聖堂へと向かったのであった。
 だが、時は容赦なく流れ去り、彼がペーターと共にレイチェルの元へと帰り着いた時には、彼女は既に危篤状態となっていたのである。
「レイチェル…!」
 ここは大聖堂の一室。そこへクラレスは駆け込んで来たが、レイチェルはもはや虫の息で喋れる状態ではかなった。
「大司教様…。」
 レイチェルの傍らには大司教、医師ミューテル、両親のアンソニーとモニカの姿があった。それだけではなく、レイチェルと親しかった周囲の人々も詰め掛け、それと気付いたクラレスは驚いた。
 クラレスは駆け付けたとき気が動転して気付いてはいなかったのだが、多くの人々が集まりレイチェルのために祈っていたのである。
「皆、このレイチェルのことを案じ、大聖堂までやってきたのじゃ。」
 外は星々の瞬く藍の空が広がり、街並みを優しき月明かりが覆っていた。それにも関わらず、誰一人としてその場を動こうとしないのは、一体どのような想いがあるのか…。クラレスには理解し難かった。
 クラレス自身、レイチェルは身内であり愛すべき姪である。しかし、ここに集う大半の人々は、ただレイチェルと親しい、または知っていると言うだけの人々なのである。
 風が静かにそよぎ、窓に掛かるカーテンをゆらゆらと揺らした。
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