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SNOW ROSE
間章W
月影にそよぐ風
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皆に言ったのであった。
「大聖堂のクラレス司教をお呼びしましょう…。私では大した役には立ちません。今の彼女を運ぶのは危険ですので、こちらに赴いて頂くしかありますまい…。」
 皆はミューテルの発言に困惑せざるを得なかった。ミューテルの名声は聞いているが、その彼が自分達の身内であるクラレスを指名するなど、元来有り得ないことだと感じたのであった。それ故、このミューテルの発言に戸惑ったのである。
「クラレスは…私の兄です。ですが、それほどとは…。」
 アンソニーは直接ミューテルへと不安を告げた。ミューテルは直ぐに言葉の意味を察し、アンソニーへ言ったのであった。
「クラレス司教は天才です。私は以前、彼から教えを受けたことがありますが、彼ほどの才ある人を私は出会ったことがありません。」
 ミューテルにそこまで言われた三人は、やっとクラレスの実力を信じたのであった。
 しかし、クラレスは来ることが出来なかった。運悪く、彼は隣のナウムブルク地方にあるヴェヒマル大聖堂へ緊急の呼び出しを受け、二日前よりコロニアス大聖堂を空けていたのであった。
 翌日、その報告を受けたアンソニー等は、目の前が真っ暗になってしまった。これで打つ手なしとなってしまったからである。
「もはやこれまでか…。」
 レイチェルは熱にうなされ、食事すら摂れない状態になっていた。皆は看病のため大して眠っておらず、その顔には疲労が窺えた。
 そのような部屋の中、一人の人物が現れた。それは吟遊詩人のティモシーであった。
「具合は…?」
「ティモシーさん…。来てくれて感謝します。しかし、見ての通り…。もう我々に出来ることはない…。」
 弱々しい声でアンソニーは言った。そんなアンソニーに、ティモシーは静かに告げたのである。
「そんなこともあろうかと、助けを呼んで来たんです。どうぞ、こちらへお越しください。」
 ティモシーがそう言うと、アンソニーだけでなく、皆は不思議に思い入口へと視線を向けた。
 すると、そこからコロニアス大聖堂の大司教アーベルが入ってきたのである。皆は驚いて席を立ち、直ぐ様礼を取ったのであった。
「礼を取る必要はない。そこに居るはミューテルじゃな?レイチェルの具合はどうなっておるのじゃ。」
「はい。彼女は今、大変危険な状態にあります。高熱が続き、そのため食も摂ることが出来ぬ有り様です。このままでは…」
 ミューテルはそこで口ごもってしまった。この先に話すことは、家族にすら話してはいなかったからである。
 この時、兄ペーターはクラレスを呼び戻すべく、馬でナウムブルク地方へと赴いており、この場には居なかった。それが間に合うかは分からないが、ミューテルの診察が正しかった場合、呼び戻すことに最早意味は無いと分かっていた。それ故、ミューテルは口ごもってしまったのである。
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