青頭巾
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い、と思ったんですよ」
人の良い医師の微笑を崩さず、こいつは云い放った。
「己の命をへその緒を通じて子供に流し込む慈愛、目に見える絆。だがこれは有限の絆です。腹に宿り、産まれるまでの」
―――何、云ってんだこいつ…。
「彼女が腹に子を抱えたまま亡くなった時、私は気がついたんです。この母子はこれで永遠なのだと」
「…永遠?」
奉が低く呟いた。他人には分からない程度だが俺には分かる。この声色は、笑いを噛み殺している時のそれだ。
「産まれ落ちた瞬間、その絆は断ち切られる。その時から、子の受難は始まるのではないですか?僕はその受難から彼女らを守り、そして『家族』として共に在りたいと思った」
「あんたの子じゃないだろう」
「私の子ですよ」
彼はふと目を上げた。その双眸に宿る異様な輝きを見た瞬間、何というのか…ぞっとした。
俺は今、同じ言語を話すのに、言葉が通じない不思議な生き物を目の前にしている。怒りよりも、困惑が先に立つ。
「あの子達の心臓は、僕の血肉となって共に在ります。…血が、繋がっているのですよ」
何を…?つまりこいつは…母子との血の繋がりの為に、胎児の心臓を…?
「はははは…」
聞いた事がないようなフラットな声で、奉が笑った。そして手近にあった青いニット帽を雑に掴むと、小柄な医師の頭にぽんと被せた。
「何です?これは」
「道理は聞かせてもらった。十分だ。もう行け」
「―――青頭巾、呼ばわりですか」
突然被せられた青いニット帽を、彼はそっと外して奉に返した。
「…止める気は、ないと」
「ならば証明してください、僕が間違っていると。快庵上人も、そうしたでしょう?」
ふむ…と奉は呟き、肩をすくめた。
「あんたを調伏する気などないよ。へその緒などに絆は宿らんがね」
「つまらない。それだけですか」
「あいつらの『絆』というのはな、もっと根深く、気味悪さすら感じる頑強なものでねぇ」
「産まれ落ちてからお互い育んでいくとかいう綺麗ごとですか?」
ならばなぜ不幸な子供が存在するのですか?と微笑を保ったまま、医師は云った。応じるように、奉はにやりと笑った。
「そうだねぇ、あんたに教えてやる義理はないねぇ。…あ、でも一つだけ教えておいてやろうか」
奉は、すっと右手を上げて医師を指さした。
「地下室の連中、全員、あんたを恨んでいるよ」
刹那、医師の表情が強張った。
「証拠があるのか?とでも云いたいか?ならば俺が今すぐあんたを殺して、あんたの心臓を食らってやろうか?」
「………」
「そうしたら、あんたは俺の家族か。俺はさっきの昼飯でニワトリが一羽、家族になったわけか」
二人は数秒、虚ろな目で視線を交わしていた。
「……信じませんよ。彼女らだけは、僕の家族だ」
医師が、すっと踵を返した。
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