暁 〜小説投稿サイト〜
大淀パソコンスクール
その名は岸田。小説家志望

[5/8]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
……カシワギさん」

 俺の向かいに座る大淀さんが、自分の席のパソコンの画面から目を離さず、俺に声をかけてきた。その声はいつになく冷たくて、聞いてるこちらの耳に刺さる声だった。

「は、はい……ハアッ……」
「お気持ちはお察ししますが、冷静に」
「はい……す、すみません……」

 た、確かに……ここで感情的になってどうする……!!

「気をつけます……」
「はい。お願いします」

 大淀さんはそれ以上は何も言わず、キーボードをパチパチと叩いている。彼女の顔が俺の視界に入ったが、メガネにパソコンの画面が写り込んでいて、彼女の眼差しがよく見えなかった。おかげで、大淀さんがとてつもない怒りを押し殺しているように見えるが……

 それ以上その空間にいられなくて、俺は逃げるように教室に戻った。忌々しい岸田さんの席の隣に戻り、再び岸田さんの様子を見る。

「ソラール先生、ちょっといい?」
「ああタムラ殿、今向かう」

 さっきまではまったく気が付かなかったが……ソラール先輩は、鎖帷子をチャリチャリと鳴らしながら、せかせかと教室内を歩きまわっていた。考えてみれば、岸田さんの相手をしている間、俺は他の生徒さんの誰からも声をかけられなかった。先輩が、他の生徒さん全員の面倒を見てくれていたということか……。それなのに俺は……たった一人の生徒さんの相手も満足に出来ず、イライラを募らせて……自分が嫌になる……。

「先生!」

 隣の岸田さんが俺に声をかけてきた。俺は今度こそ、この人に優しく接して、信頼を得ようと思ったのだが……

「さっきこの文章を打ってって言ってたけど……」
「はい。どれぐらい出来ました?」

 次の瞬間、その決意は、早くも瓦解の危機に陥った。岸田さんの画面には、Wordやメモ帳など……タイピングをしていた痕跡はまったくなく、ウィンドウも何一つ開いてない、綺麗なデスクトップのままだった。

「何を使って打てばいいの?」
「伝えなかった俺も悪いですが……分からなければ、早く質問して下さい……」

 岸田さん……一筋縄では行かない生徒だぜ……

 その後、Wordを起動させてタイピングの様子を観察してみる。どうやらタイピングそのものは問題ないようだが、Wordの操作そのものに関してはたどたどしい。右揃えや中央揃え、フォントサイズの変更なんかは問題なく出来るようだが、画像の取り込みや行間の調整といった、ちょっと直感ではわかり辛い操作に関してはまったくできてなかった。

「はい先生、終わったよー」
「はい。確認させてもらいましたが、やはりこのままWordの授業に入りましょうか」
「だから最初からそうして下さいって言ってたのに……」

 この岸田さん、また調子に乗り出したようだ……


[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ