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飛べない揚羽蝶
第一章

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           飛べない揚羽蝶
 私は弟が飼っている芋虫達、何でも中学の部活の生物部で飼育しているその独特の色合いの大きな水槽の中にいる虫達を見ながらその弟に尋ねた。
「この芋虫がよね」
「そうだよ、サナギになってね」 
 弟は虫達に餌をやりながら私に答えた。
「それで蝶々になるんだよ」
「そうよね」
「青虫がモンシロチョウになるじゃない」 
 あの緑の虫達がだ。
「そしてね」
「この芋虫達がなのね」
「揚羽になるんだ」
 あの奇麗な蝶々にというのだ。
「なるんだよ」
「そうよね」
「だから面白いんだよ」 
 弟は私にこうも言った。
「お姉ちゃんから見たら気持ち悪いでしょ」
「そこまでは言わないわ」
 芋虫はそんなに嫌いじゃない、というか虫には抵抗がない。私が嫌いなのは人形とかお面だ。何か悪いものが憑いていそうでだ。
「別にね」
「そうなの」
「ええ、だからこうして普通に見てるのよ」
「そうなんだね」
「そうよ、まあね」
 私は餌の葉をどんどん食べていく虫達を見つつまた言った。
「この芋虫が蝶々になるから」
「面白いよね」
「そうね、ただ」
「ただ?」
「あんたは生物学でお兄ちゃんは物理学」 
 大学生の兄はそちらが専攻だ、教員免許の習得を目指しているらしい。
「うちの男系は理系ね」
「お父さんは普通の銀行員じゃない」
「それでもよ」
 この弟といい兄といいだ。
「生物も理系だし」
「理科の授業だしね」
「そうなるでしょ、私はね」
 高校二年の私はというと。
「文系だから」
「国語と英語だよね、お姉ちゃんの得意科目」
「特に英語よ」
 こちらはかなり自信がある、テストでも九十点以下だったことは一度もない位だ。
「そっちは得意よ」
「けど理系はだよね」
「特に数学はいつも苦労してるわ」
 英語と比べるとかなりだ。
「本当に」
「姉弟で完全に違うね」
「兄妹でもね」 
 私はやれやれといった顔で応えた。
「本当にね、けれど」
「けれど?」
「蝶々になったら飛べるけれど」 
 それでもとだ、私はここで弟にこうも言った。
「今は飛べないわよね」
「だって羽根ないから」
 弟は私の今の言葉にすぐに返した。
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