第6話『月下舞踏』
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沈黙がその場を支配する。重力が数割増しになった、と錯覚するほどの、重々しい沈黙。
「……いや、ちょっとは戦えよ……」
「え? なんで?」
愛らしさをかなぐり捨てて、思わず、と言った様子で呟く狼牙。その姿に健は、あっけらかんとして答えるだけだった。
「何言ってんだ健さん? えっ、何、馬鹿なの? 死ぬの? アザトースでも起こすつもりなの?」
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ここまで棒読みである。因みにアザトースはとあるコズミック・ホラー小説に登場する魔神の類いで、盲目白痴にして全知全能、常にまどろむ赤子の姿をしている。世界は彼の見る夢であり、彼が目覚めれば世界は滅ぶ──
つまりは冗談なのだがマニアックで非常に分かりにくい。それほど台詞の内容は随分と錯乱している。それが示すとおりに、そう言った兵児は、彼をよく知る存在が見れば、驚くほど焦っていた。当然だ。先程までマフィアに立ち向かうための策を練っていたはずの健が、突然にその主張を引き下げ、敗北を認めようとしているのだから。ここに集った者達全員が異能者マフィアに立ち向かい、絵里を護ると決めたはずなのに──
「じゃぁどうしろっていうのさ」
「そりゃこっちの台詞ですよ」
達也が顔を顰める。
「俺達の運命はあんたに掛かってるんだ。そのあんたが諦めて、どうするんだよ……!」
珍しく声を荒げて叫ぶ達也の姿に、健は「怖いねぇ」と冗談めかして呟くだけ。狼牙の方を向いて、彼は一言、問う。
「ねぇ、君たちはどれがいい? その1、滅茶苦茶抵抗される。その2、大人しく僕達は捕まる」
「そりゃもちろんその2ですよ。こっちも無限の時間がある訳じゃないんで。さっさと捕まってくれると助かります」
うーん、そうか。と呟く健の姿を諦めと取ったか。狼牙の表情が歪む。これはいい。手間が省けた。先の失態──目の前に標的と、完全なるブラックボックスたる江西達也を前にして、殺すことも出来ず逃亡した、という汚名を晴らすことができる。こちらにも考えがあっての行動だったのだ。それを愚弄されたままでは気分が悪い。チャンスは、生かすべきだ。
じゃぁ──と、彼が声をかけようとした、その瞬間のことだった。
「そりゃ良いことを聴いた。なら僕達が取る案は──『その3』だ!」
「何っ……!?」
健の右手が高々と掲げられる。窓の外から、月光が射し込み、その手を照らす。
──月光?
「しまっ……!」
気づく。マズい。これまでの全ては、今、この状況を作り出すための──雲に隠れていた月が、姿を出すタイミングまでの、時間稼ぎ……!!!
そしてその気付きは。
余りにも、遅
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