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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐
第2章 魔女のオペレッタ  2024/08 
最後の物語:幸せは夢の彼方に
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 東の空がうっすらと紫に色付く。
 地獄のような夜の騒乱も、アインクラッドでは層を隔ててしまえば別世界の事のように遠く感じられてしまう。浮遊城の構造の問題ではなく、層ごとの住人の意識や視点の差異というものが如実に表れているようだと、はじまりの街の門に立つピニオラは内心でふと思った。
 ここの住人の大半は、あの惨劇を体験していない。あの惨劇に至るまでの過程を直に見ていない。あの惨劇の発端となる事件に遭遇しない。圏内に閉じ籠る彼等ならではの安全神話に、ピニオラは心のどこかで冷めた笑みを零しながら、同時に安堵し、胸の内の燻りに弛んだ口許を引き結ぶ。

 《笑う棺桶》との縁は切れた。
 今やピニオラは同類(PK)――――彼女自身は同じカテゴリと認識していないが――――から《柩の魔女》と揶揄されていた頃とは性質を大きく変えているとも自覚している。少なくとも、進んで誰かを欺いて殺すような真似はしないし、その行為に拒否感を覚えてしまっている以上は望まれてもアクションを起こす事が出来ないだろう。その点においては、無害化されたと言って差し支えはない。おまけに、過去の自分を知るプレイヤーもその殆どは笑う棺桶に所属する者ばかり。今頃は皆まとめて黒鉄宮の地下に広がる牢獄エリアに繋がれているに違いない。逃亡したPoHについて不安が無いわけではないが、圏外にさえ足を踏み出さなければ必要以上に恐れる必要はないし、自分の前に現れる理由も壊滅したギルドと共に喪失した筈だ。
 つまり、このまま、みことと共に平穏な日々をこの仮想世界で過ごすことについて何の障害も存在しないことになる。現在地である主街区の正門を潜れば、ピニオラは晴れて過去のしがらみから解放されるのだ。
 当然のことながら、その事実は魅力的だ。
 殺人者の手からみことを取り戻した、その苦難へのささやかな対価だ。誰も彼女を咎める者はいないだろう。しかし、ただ一つ。《平穏な日常》を至上の対価と認識させる人格を得たからこそ、ピニオラは懊悩する。

――――これから訪れる幸福は、果たして自分が享受して良いものなのか、と。

 《笑う棺桶》との縁は切れた。
 しかし、それまでの所業はピニオラの記憶に残り続ける。

 《楽しい》という理由で、無辜の誰かを貶めて死に至らしめた。
 《面白い》という理由で、信頼し合う者達の仲を?き乱して死なせた。
 《興味深い》という理由で、支え合う少女たちに傷を残すような別れを仕組んだ。
 《愚かしい》という理由で、夫婦の心の闇に付け込んで唆して最愛の人を失わせた。
 他にも、たくさん、面白半分で、多くの命を大した理由もなく奪い去った。

 未だまともではない、未熟で危い倫理観であっても、その行為を楽しんでしまったそれまでの自分の悍ましさは到底看過出来るものではなかった
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