第7章 聖戦
第167話 ヴァレンタインの夜
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淡い闇に満たされた部屋。
大きく取られた窓から差し込む蒼白き月の光輝。ありとあらゆる物を白く凍えさせるかのような、一切の熱を感じさせる事のない寒々とした明かり。
すべてを染め上げる……毛足が深い絨毯は僅かに濃淡のみで。本来、白で統一されているはずの寝具も、細かな彫刻の施された天蓋を支える四方の柱もすべて蒼く染め上げられるこの時間。
夜通し繰り広げられる夜会の喧騒も、ここ小トリアノ宮殿の王太子の間にまでは聞こえて来る事はない。
そう、周囲では月と冷気の精霊たちが音もなく可憐な輪舞を繰り広げていた。
そして……。
そして全身で強く感じて居る彼女の鼓動、温もり。幼い頃の思い出を喚起させる彼女の香り。
しかし、その中に隠せない鉄に良く似た臭いが――
刹那、小さく吐息を漏らして仕舞う俺。
それは本当に微かな吐息。しかし、柔らかく俺を包み込んでいた少女の細い腕から力が失われるには十分すぎるほどの大きさを持っていた。
やれやれ。……矢張り、完全に吹っ切れている訳ではないか。
「もう終わったのか?」
完全に密着した状態から少し身体を離したタバサに対して話し掛ける俺。
蒼に染め上げられた広い室内に、浮かぶ寝台。器具を使い測った訳ではないので実寸に付いては定かではないが、少なくとも幅が二メートル以下と言う事はない豪奢な天蓋付きの寝台。
個人の部屋としては異常な広さ。しかし、その部屋は窓から差し込んで来る夜の蒼に沈み、豪奢な寝台の上……真ん中と言うよりは、かなり端の方に身を寄せ合う華奢な少年少女の二人。
その姿……微妙な配置は何も知らない他人から見ると、まるで身を寄せ合う事により不安や孤独などから逃れようとしているかのように見えるかも知れない。
それぐらい、今の俺たち二人はかなり頼りなく見えているはず。
主語の伴わない曖昧な問い掛けに対して、小さく首肯くだけで答えと為す彼女。
この世界的には最新のファッションとなるアール・デコ調、袖のない黒のイブニングドレスは首まできっちりと覆い隠す形。所謂ホルターネック型。胸元は当然のようにきっちり覆い隠しながらも、背中は大胆に――腰の辺りにあしらわれた、コチラも黒のリボンの部分まで開かれ居り――
同じガリアの人々の中でも格別白く、なめらかな肌を持つ彼女。ドレスの黒が彼女の肌の白さをより引き立てるようで、蒼き闇のなかで何故か彼女だけが輝いているように感じられる。更に言うと、かなり華奢で儚げな肢体しか持ち得ない今の彼女に取っては、大きく胸元の開いた形のドレスよりも背中を開けた形のドレスの方がマ……より似合っていると思う。
「そうか」
少しの笑みを浮かべながら、彼女の瞳を隠そうとして居た柔らかな蒼い髪の毛そっと撫でた。
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