第七章
[8]前話
「まさか」
「ああ、身受けされるからな」
「それで、ですか」
「その前に会ったってお互い未練がましくなるだろ」
それでとだ、太之助は濡髪に話した。
「だからその青柳っていう人もな」
「昨日はですか」
「会わなかったんだよ」
「お別れの言葉も言わずに」
「御前さんはどうもくよくよしたところがあるな」
朝に見た肩の落とし方を見ての言葉だ。
「そうした相手はきっぱりした方がいいからな」
「きっぱりと」
「ああ、突っぱねて別れた方がおめえさんにとっていいってな」
「青柳も思って」
「数日はくよくよしても未練がましく会って別れるよりな」
「突っぱねた方が」
「おめえさんが自分を恨んでもな」
例えそうなってもというのだ。
「おめえさんを深く傷付けないって思ってな」
「ああしたんですか」
「店の方もその気持ちを汲み取ってだよ」
花蝶の方もというのだ。
「そうしてな」
「昨日はですか」
「会わない、入るなって言ったんだよ」
「そうでしたか」
「おめえさんは心根は凄くいい」
太之助はこのことは彼の穏やかな物腰から言った。
「だから恨んでもな」
「それでもですか」
「ああ、殴ったり刃物出したりしないだろ」
「そんなことはとても」
「だからな」
「あえてですか」
「青柳って花魁も店もそうしたんだよ」
濡髪に顔を向けて微笑んで話した。
「全部おめえさんを傷付けない為だったんだよ」
「そうでしたか」
「これでおめえさんの肩は戻ったな」
落ち込んだ気持ちはというのだ。
「そうだな」
「はい、もう」
濡髪も微笑んで答えた。
「そうなりました」
「そうだな、じゃあ今日は色じゃなくて酒にするか」
「おお、そっちを楽しむのか」
「そうするか、おめえさんも行けるいい店知ってるぜ」
権太にも顔を向けて笑って言った。
「般若湯ってことで精進ものの店でな」
「じゃあそこでか」
「三人で飲もうぜ」
「では」
「ああ、今日は憂さ晴らしじゃなくて楽しんでだ」
また濡髪に言った。
「飲もうな」
「わかりました」
「とことんまで飲もうぜ、江戸っ子は飲む時はな」
「とことんまで、ですね」
「そうするからな、憂さはすぐに晴らしてからっと遊ぶ」
それこそがというのだ。
「江戸っ子だからな」
「では今から」
「飲もうか」
濡髪も権太も応えた、今の濡髪の顔は晴れやかだった。江戸らしいその笑顔で太之助達に案内された店で飲んだ。そして太之助も権太も飲んだ。日本晴れそのものの明るい笑顔でそうした。
お江戸 完
2017・4・26
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