番外編:殺人鬼の昔話2 上
[1/5]
[8]前話 前書き [1]次 最後 [2]次話
忘年某月某時刻-2年。真夏の日本の某所にて。
良く言えば牧歌的な、悪く言えば時代に取り残されたかのような町の片隅に、一際古びた屋敷があった。元々江戸の後期から続く地主の家系の所有物であったが、先の大戦の敗北によって進駐してきた異国人によって土地を召し上げられた事を皮切りに、筍の皮を剥くかの如くその財を失い続け、高度経済成長の頭打ちによって完全に破産した。最早、その住処に人の気配は絶えて久しく、物取りに荒らされた後は狐狸の類のささやかな憩いの場としてでしか機能しない有様となっていた。
ところが、此処数年のうちに都会からやってきた某と名乗るものによって、土地ごと買い叩かれた後、様々な建設会社や職人の類が町を訪れ、屋敷の修繕に取り掛かったのである。
町民らは何事かと大いに訝しんだが、訪問者達が大挙して訪れたこともあってか急速に景気が良くなった事もあり、深くは考えずに歓迎の方針を執ることにした。
屋敷の修繕が完了して数日後、一人の男性が屋敷へと引っ越してきた。果たしてどのような長者様かと町民が見に行くと、そこに居たのは少々陰りを湛えているものの、精悍な顔つきをした中年の偉丈夫だった。
篠塚と名乗るその男は隠居した武芸者と名乗っていたが、体格に衰えは見られぬばかりか、引っ越してきて一週間後には『篠塚流』なる道場看板を掲げ始めたのだ。当初、周囲は大いに怪しんだが、篠塚本人の愚直なまでにマジメな人格や、道場における懇切丁寧な指導も相まって、彼を訝しむものは居なくなった。
今となっては町内会における名誉会長なる役職に乞われ、町のものならば誰でもその人徳を知る人物となった。
そんなある日のこと、相変わらず蝉の声が鳴り響く昼過ぎに一人の青年が訪ねてきた。一日に3回しか通らないバスに乗って現れた青年は、迷うこと無く篠塚の屋敷へと足を進め、玄関先で打ち水をしている家主の姿を認めると、恭しく一礼した。
そんな青年の様子を見た篠塚の表情は驚愕に染まり、まだ半分以上水が残っていた手桶を道端に落としてしまった。軽快な水音と同時に通りの石畳に伸びる井戸水。それに誘われて涼しげな風が青空の彼方から吹いてきた。
先に口を開いたのは篠塚だった。
「生きていたのか……てっきり8年前に死んだものとばかり……」
青年は8年前と全く変わらぬ穏やかな笑みを以て答礼した。
「ええ、こうして生きています。お久しぶりです、柳韻先生」
久しく呼ばれることのなかった名前は篠塚の顔に漂っていた陰りを消し去っていた。八年間、偽りの名前を名乗ることを強いられ、住処を転々とする生活が、すっかり彼を参らせていたのだ。
──真名を名乗れぬことがこれほどの苦痛をもたらすとは。
篠塚は名を呼ばれた時、自らの肉体に血が通っていることを再認識させられた
[8]前話 前書き [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ