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霊群の杜
柿の精
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この日、俺は初めて『輪の外』からこの光景を見た。
俺は震えていた。泣いていたかもしれない。
傍らに誰かが居る。それも初めてのことだ。煙色の眼鏡をかけた少年が、何の表情も宿していない顔で、輪を見つめていた。
胸が痛んだ。輪の中で私刑を受けているのは、俺の『仲良し』だった。
だが『村』の決定に子供の俺は逆らえない。俺はこの酷い理不尽な私刑を止められない。
俺たちは気づいていた。この私刑の本当の目的に。


俺たちのうち、誰かのせいなのだ。


あの子は賢しい子だった。だが優しい子でもあった。
俺たちが本当に小さかった頃、この集落を飢饉が襲った。年寄りや仲良しの姿を見なくなり、墓穴が増えた。俺が覚えていたのはそんなもんだったが、あの子はしっかりと覚えていたのだ。あの子にとって飢饉は終わった災厄ではなく、必ずまた訪れる自然現象だったのだろう。驚く程、賢しい幼児だった。
あの子の飢饉に対する備えは、その頃から始まっていた。
山や森に入り、どんぐりやクルミなどの日持ちがする、だが大人が見向きもしない木の実を集め、干したり、あくを抜いて粉にして押し固めたりして密かに蓄え『次の飢饉』に備えていた。
そしてそれはあの子の予想通り、10年近くの時を経て再びやってきた。
かつて俺たちが経験した飢饉の、数倍の深刻さを孕んで俺たちの集落を襲った。
日々の忙しさに追われ、まともな備えをしていなかった集落の子供たちは、ろくに食えない日々が続いていた。
この飢饉は文献にも残るレベルの酷いものだった。人は落ちている木の実や農耕に使う牛馬を食い尽くし…ついには飢餓で亡くなった子供をも食らった。
ある日、腹を減らして倒れそうな俺たちに、あの子がそっと差し出したのだ。


甘い干し柿を。


飢えて死にそうな俺たちを見かねたのだろう。賢しいあの子なら、手の内を見せてしまう危険も察していた筈だ。だがあの子は俺たちに干し柿をくれた。大人には内緒だ、あの子はそう云った。俺も、他の子達も力強く頷いた。
だが秘密を秘密として保つには、俺たちはあまりにも愚かで、幼い。
俺たちのうちの誰かが、干し柿のことを大人に漏らしてしまった。
大人たちは、あの子が危険だから殺したのではない。


ただ腹が減ったから。あの子が10年かけて作った蓄えを、そっくり奪う為だったのだ。


やがて輪の中心に居たあの子が動かなくなった。
大人たちはぞっとするような相談を始めた。聞くのも汚らわしい、酷い内容だった。
まず…あの子が腑分けされた。あの子の蓄えも、集落の皆が等分に分けた。あの子の親は…姿を見ることはなかった。既に殺されたのか、危険を察して逃げたのか俺は知らない。


全ては、人の営みのうちだ。…煙色の眼鏡の少年はそう云った。
こんなのが人の
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