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霊群の杜
柿の精
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む」
奉がそんなことを云った気がした。


きじとらさんが一瞬だけ、もぞりと身をよじって目を開いた。そして炬燵の温度を『最弱』にしてペットボトルの水を少し呑むと、またすぐに寝息をたてて炬燵に潜り込んでしまった。たまんねぇな…とか呟きながらニヤニヤしていた鴫崎が、ふと真顔に戻って顔を上げた。
「玉村よ。その…櫓?って、いま何処にあるんだ」
「おお。あれはもうないねぇ…」
「え?ないの?」
俺も密かに驚いていた。この辺りには古い櫓が割とあるから、その中の一つだと思っていたのに。
「随分昔、この辺りを襲った津波が全部さらって行った。櫓も、鐘も」
昔話を語る時、奉はいつも遠くを見るような目をする。
「櫓も鐘も集落さえも、全て津波に呑まれて消えた。今も残るのは、高台にあったこの柿の木のみ。…皮肉なもんだねぇ」
少し黙ったのち、奉はこんな風に続けた。…柿の木は玉村の神木として地域の信仰を集め、手厚く祀られ…やがて『神』のような『妖』のようなものになった。
「妖!?そうなのか!?」
「実を採られずに放置された柿の木が、赤い顔の僧侶に姿を変えて現れる。『たんころりん』などと呼ばれる地方があるとか、ないとか」
「何しに出てくるんだそいつは」
「実を食えというばかりだ。結構、強引にぐいぐい来るタイプの奴だぞ」
「柿が自ら、柿を食えと」
田舎の道端によくある、牛がすごい笑顔で『おいしいよ!』とハンバーグを勧めてくる変な看板を想起させる。


「埋められた少年が『柿の精』になったのか、時を経て木そのものが妖と化したのかは分からないが…あの木の周りに恨みやら呪いやらはもう存在しないよ」
あれはただの柿なのだ。…思っていた以上に。
「柿の精にとっちゃ、集団殺人も、津波も全ては単なる『現象』…人の営みの一部よ」
「俺はそうは思わねぇな」
鴫崎がゆっくりと立ち上がった。…お、ようやく時間指定配達を思い出したか。
「ほう…どう考えるのかねぇ」


「何も思ってないなら、なぜ毎年、青島の夢枕に立つんだ?」


茶をすする奉の動きが止まった。…眼鏡の奥に感情は見えない。
「難しいことは分かんねぇけどよ、そいつ…その柿の精?」


―――そいつはまだ人間だ。


ま、カンだよカン。そう言い残して、鴫崎はのたりのたりと帰っていった。
奉は何の表情も宿していない顔で、鴫崎を目だけで見送った。
「―――賢しい、子供だったよ。あの子は」
そう呟いたきり、奉はあまり話をしなかった。





あの柿を食ったからか、俺はその日もう一度だけ夢を見た。
そこには、俺が考えていたより更に凄惨な現実が、あった。


おとなにしちゃ、なんね。
んだ、なんね。


そう呟きながら少年に鍬を振り下ろす大人たちの輪
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