柿の精
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奉が『きじとら』と声を掛けると、本殿の影からきじとらさんがひょっと顔を出した。
猫は、木登りが得意なのだ。
「…柿剥くの、鎌鼬でぱぱっと出来ないかねぇ」
「そういうのは無理だ。リンゴで試したことあるが、芯しか残らない」
俺たちは節くれ立った老木に、するすると登っていくきじとらさんを眺めている。
寒風が緩く頬にあたるこの寒空に、きじとらさんは半袖にショートパンツで器用に柿をもいでは放る。
きじとらさんは、とても体がしなやかで柔らかい。
巨木にぴたりと体を添わせ、しなやかな四肢を幹に絡ませて枝から枝へするすると移動する様は、まるで巨木に絡みつく白い蛇のようだ。柿の実はみるみる袋に溜まっていく。俺は熟れて艶めく柿を受け止めながら、白くて瑞々しいその四肢をぼんやりと眺めていた。
「―――たまんねぇなぁ」
……い、今『たまんねぇ』と云ったのは誰だ!?弾かれたように振り向くと、鴫崎がまた巨大な段ボールを抱えて俺たちの後ろに立っていた。
「……お前」
「って顔してたぞ青島」
そう云う鴫崎こそ、涎を垂らさんばかりに下世話な顔で、きじとらさんをローアングルから舐めるように凝視している。
「おい…その顔はなんか駄目だぞ鴫崎。人の親にもなって」
「お前に何が分かる」
産褥期とやらがくっそ長いんだぜ、と呟きながら鴫崎は柿の木の裏側に移動した。…きじとらさんが移動したのだ。
「やめて下さいよ配達員さん、きもいので」
柿を仕分けしていた奉が、傷ものの柿を鴫崎の後頭部に放った。…あぁ、この男でもきじとらさんが露骨に好色な視線に晒されると不快を覚えるのか。
「厭だね、俺はもうこの木から離れねぇぞ!今日はここで飯を食うんだ」
「じゃあここで食っていろ。…きじとら、一旦休憩だ。洞に戻る」
樹上のきじとらさんが、こくんと頷いてするりと四肢を幹に這わせて降りて来た。お荷物重いんで運びますよー、とか云いながら鴫崎がついてきた。…ごめん、鴫崎。今のお前ちょっときもい。
木の下に立っているだけだったが、いざ炬燵にあたると俺は相当冷えていたらしい。手足の末端がほどけるように温まっていく。薄着で柿をもいでいたきじとらさんなど、茶を淹れたが最後、炬燵に首まで入って出てこない。やがて軽い寝息すら聞こえて来た。
「洞の分際で生意気にも電気引きやがって。キッチンはIHかよ生意気な」
カップラーメンをすすりながら鴫崎はぶつぶつ呟く。
「こんな通気の悪い洞にガス引いたら…山が一つ吹っ飛ぶような大惨事が起こりかねないねぇ」
きじとらさんが上着を羽織った辺りからようやく、鴫崎が『戻って来た』気がする。子供が生まれて以降、奴の新生活はどんなことになっているのやら。
「今年はどうも、収穫が遅れたねぇ…きじとらがこうなってしまっては、今日の作業はこれ
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