巻ノ八十五 猿飛大介その十一
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「あの方は大坂が欲しい」
「あくまで」
「しかしな」
「豊臣家に臣従を求められ」
「大坂から出てもらいたいのじゃ」
「それだけですな」
「大坂城におられるとな」
豊臣家がというのだ。
「それだけで厄介じゃ」
「あの城は天下の名城ですし」
「籠られると敵わぬ」
「そうそうなことでは攻め落とせませぬ」
「攻め落とそうとすれば二十万の軍勢が必要か」
「籠もる兵の数にもよりますが」
「だから出来ればな」
昌幸はさらに言った。
「あの城を徳川家が手に入れてじゃ」
「そうしたことがない様にする」
「現に関ヶ原の前に乗っ取ろうとされた」
大坂城、まさにその城をというのだ。
「江戸から兵を多く入れ西の丸に入り天守閣まで建てられてな」
「そうもされていましたな」
「そして大坂という地自体もな」
「はい、都にも奈良にも近く」
「土地は肥え前には瀬戸内の海もある」
「海と水の交通の要衝です」
「あそこを抑えればじゃ」
まさにというのだ。
「江戸で東国、大坂で西國を抑えられる」
「しかも大阪に集まる西国の富を手に入れられる」
「幕府にとって必要じゃ」
「大坂という地自体が」
「だからじゃ」
「何としてもですな」
「右府殿は大坂が欲しい」
そうした考えだというのだ、家康は。
「それだけなのじゃ」
「豊臣家を滅ぼすのではなく」
「大坂から出てもらう」
「それだけを欲しておられる、幕府の命に従ってな」
「そう言うとかなり穏やかですな」
「もう豊臣の天下はない」
昌幸は断言した。
「それは移った」
「左様ですな」
「そもそもお拾様だけじゃ」
「はい、それでは」
「どうにもならぬ」
「若しお拾様に何かあれば」
「それで終わる家じゃ」
それが豊臣家だというのだ。
「関白様がああなられたな」
「はい、それが為に」
「御主も助け出そうとしたな」
「そうしましたが」
「そうであったな」
「無念です」
その時のことを思い出してだ、幸村は言った。
「まことに」
「あれはどうにもならなかった」
昌幸は苦い顔で述べた。
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