MR編
百四十七話 それでも尚、望むもの
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は、六月にしては寒いこの日の陽気の所為か、ひやりとした空気が漂っていた。しかし浴場に出ると、それが湿気と熱を纏った空気に変わる。
まだ慣れない、二人くらいならゆうに入れそうな大きめのバスタブの前まで来ると、彼女は全身の装備を解除して、気だるいままで歩き出す。陶器で出来ているのだろう縁を乗り越えると、女神像の持つ瓶から溢れだすお湯の滝へ頭から突っ込んで、その湯を浴び始めた。
「…………」
全身の体表面を流れて行くお湯 (のような)感覚に身を委ねつつ、サチは瞳を閉じる。
この風呂も、ケイタがきっと気を利かせて選んでくれたものだ。ギルドホームにする物件についての意見を聞かれた時、自分が「風呂」と言ったことを覚えている。あの時は、みんなが好きに意見を言っていたけれど、キリトとテツオだけは何も言わなくて……
「ッ…………」
あぁ、まただ。自分で分かる、自分は今泣いている。お湯に交じって自分の涙が流れているのが分かる。SAOの感情表現がオーバーなせいなのか、それとも本当にダメなのか、涙がどうあがいても止まらない。膝から力が抜けて、その場に崩れ落ちて行く……
彼女の最近は、何時もこんな具合だった。
泣きだして、何とか自分を落ち着かせ、また泣きだしてはまた自分を落ち着かせるの繰り返し。寝ている間ですら、起きてみれば自分が泣いていたことに気が付く有様だ。自分でも何故泣いているのか分からないのに、気が付いたら泣いていることすらある。
思考はまとまらず、心臓は突然早鐘を打ったかと思えば、締め付けられるように痛くなる。息が苦しくなったかと思えば、頭が重くなり、気持ちは殆ど常に沈んで、本を読んでいても、食事をしても、それが楽しいと感じられない。生きているというよりは、死んでいるのに近いような、そんな状態が、あの日以降ずっと続いていた。
「…………」
うつろな目で天井を見上げて、サチは何をするでもなく、ぼうっと中空に視線を彷徨わせる。あれから十数分を掛けて風呂から上がり、風呂に入ったはずなのに疲れきった体でダイニングに座りこんで……ずっとそのままだ。
『私、何してるんだろう……?』
誰かが言う。ただ座って、何もしないで、息をして、食事をしているだけだと。何も為さず、何も生まず、ただ幼馴染の肩に寄りかかって、生きているだけだと。何かしようにも、何をしたらいいのか分からない、そもそも、何かできる気がしない。何かしようとするたびに、悲哀と涙が自分の邪魔をすることを知っているからだ。
このままではいけないと分かっているのに、このままでしかいられない。
『私、何のために此処に居るんだろう……?』
誰かが言う、何のためでもないと。ただ置物と同じように、居るだけだと。当然だ、物と動物とを分けるのは「自分から何かをする事」なのだ、自分では何もでき
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