第十七話:殺人鬼の休日
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、女の履物であろうスティレットヒールがラシャの足の甲に浅く刺さっていた。僅かとはいえ流血沙汰にまで発展したこの状況に苦言を呈すものは誰もいない。皆己が平穏を守りたいが為に関わり合いになりたくないのだ。
ラシャはゆっくりと目を開けた。気の強そうな女の顔が視界いっぱいに広がる。
「やっとお目覚めってわけ?とっとと」
女はそれ以上喋れなかった。ラシャの右手が彼女の胸の谷間を優しく撫でていたからだ。とはいえ、彼女はラシャの堂々としたセクハラ行為に言葉を失っていたわけではない。自らを構成する何かが唐突壊れ、大事な何かを零れ落としている気持ち悪い感覚によって声が出なかったのだ。
唐突にラシャが立ち上がった。同時に彼女の肩に手をかけ、ダンスのターンの様にくるりと回ったのだ。そしてお互いの位置を迅速に入れ替えたのと同時に、彼女をゆっくりとベンチに座らせた。
「失礼致しました、そこまでお疲れだとは思いませんでしたので……無作法をお許しあれ」
「──」
ラシャは物言わぬ彼女に恭しく一礼をすると、さりげなくその瞼に手を添えて瞳を閉じさせた。女は既に事切れていた。
降って湧いてきたかのように現れた獲物を仕留めたラシャは恍惚の極みにあった。
──やはり日頃の行いは重要なのだろう。誠実に生きるものには福が舞い込むものだ。
先程の女に試した『戻し切り』は実にうまくいった。女の心臓に仕込み刃のナイフを瞬時に突き立てて戻す事により、心臓だけを傷つけて皮膚は刺す前のように見せかける技だ。傍から見れば、女の胸元からは血の一滴も出てはいないだろう。少なくとも、人が死んでいると判断されるのには時間がかかるはずだ。
この戻し切りそのものは、大根や生花で行った記録は残っているものの、人間が人体で敢行したのはおそらく無いだろう。ラシャは前人未到の領域を侵した実感など微塵もなく、いち早く我に返ると、この場から気怠げな雰囲気を崩さずに退散する事に全理力を注ぐことにした。
買い物からの帰路、ラシャはどこかからか聞こえてくる救急車のサイレンに心地よく耳を傾けながら歩いていた。周囲には相変わらず女絡みの騒動の中心にいる弟分と、時折軽く注意を飛ばしながら談笑する彼らの保護者役の先生二人が居た。どうやらレゾナンスの職員の両足が乳酸に屈する前に山田先生は我に返ったようだ。
「そういえば、ラシャ兄も臨海学校に行くんだろ?」
話が一段落ついたのか、一夏がこちらへ振り向く。
「お前なあ、一介の用務員がおいそれと学校行事に着いて行けるわけがねえだろ」
「ええ!?ラシャ兄来れないのか?」
当然の帰結を説明したにも関わらず、唖然とする一夏に対して千冬の拳骨が落ちるかと思いきや、この場にツッコミを入れるべき大人二
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