第十六話:ちょっとした修羅場
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て此処に、だと?」
千冬は不自然な笑顔を崩さずにツカツカと距離を詰める。進行上には完全に恐怖に囚われた山田先生が居た。自らが新たな標的となっていることを察した彼女は悲鳴を上げる。
「せ、せせせ先輩……」
「山田君」
壁際にまで追い詰められた山田先生に対して、千冬は手を伸ばす。手は山田先生を通り過ぎ、彼女が背を預けている壁に添えられた。所謂「壁ドン」の姿勢だ。周囲のギャラリーの女性から軽く歓声が上がる。
「(現実に起こりうるシチュエーションだったのか……知らなかった)」
ラシャが緊張と現実逃避のあまりにくだらない思考に耽溺している間に、千冬は山田先生に顔を近づける。周囲の歓声とどよめきが大きくなる。
「お前も、人が、悪いな、真耶。共に、買い物に、行くと、言い、ながら、先走る、とはな?そこ、まで、楽しみ、だったの、かぁ?んん?」
「せ、先輩ぃ……?」
涙目でへたり込む山田先生に、千冬は一句一句染みこませるように言葉を叩きつける。心なしか、周囲に──特にラシャに敢えて聞こえる様に声量を調節して叩きつけているのは気のせいだろうか。
言葉のデンプシーロールとも受け取られかねない様子の二人を見て、ラシャは自らの何かが腑に落ちる感覚を覚えた。
「共に買い物に行く?……買い物。買い、物……ふ、ははははははははははははっ!!成る程そうか!そういうことか!!なんと滑稽なことか、一人相撲とはまさにこの事!先人も粋な言葉を作るものだ!!」
こみ上げてきた愉快さに、ラシャは躊躇い無く身を任せた。総ては杞憂であったと。自らの危惧したようなことは何一つ無かった。彼女は自らに対して特に大したものを抱いてはいなかったのだ。ただ純粋に「千冬を含めた三人」で買い物に行こうと誘ってきただけだったのだ。ラシャはそう読み取ってしまっていた。
真実を述べると、無論山田先生の胸中はそういうわけではなく、此度の外出はれっきとしたデートのつもりであり、臨海学校に向けて購入する水着の吟味役として彼を指名したのだ。
狙いは彼好みの水着の調達と共に、彼の好みのリサーチであった。僅かながらも今年度は職員にまとまった夏季休業が与えられることになる。その日に向けての布石であった。今回のデートで彼の好みを把握して、夏季休業を利用して急接近することを目論んでいたのだが、見事に千冬に目論見を潰された形になる。
「何がおかしい、ラシャ?」
満面の笑みを浮かべた唇から紡ぎ出されたとは思えないほどの底冷えするような声色が千冬から漏れた。しかし、ラシャは何時も通りの微笑みを浮かべて千冬に向かい合った。すでに山田先生にまつわる憂いを断った事により、彼は生来の余裕を取り戻していたのだ。
「いや、何。山田先生はおっちょこちょいだな
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