暁 〜小説投稿サイト〜
蟹の愛情
第六章

[8]前話
「そうする、だからだ」
「わかった、ではな」
「これで去る」
 またこう言ってだ、連れて来た者を全て引き連れてだ。与太郎はその場を去った。そして利平は彼等を見届けるとだ。
 場にいた佳代にだ、こう言ったのだった。
「実は知らされたのだ」
「といいますと」
「この者にだ」
 利平は自分の横に己とは比較にならないまでに小さな蟹を出した、佳代はその蟹を見てすぐいわかった。
「その蟹は」
「そなたが怪我が癒えるまでな」
「桶の中で育てていた」
「その蟹だ」 
 まさにというのだ。
「桶から出たな」
「はい、先日」
「傷が癒えて桶から出てだ」
 そしてというのだ。
「わしに知らせてくれたのだ」
「この度のことを」
「それでわしはこの度手下達を全て連れて来たのだ」
 この屋敷にというのだ。
「そうしたのだ」
「そうだったのですか」
「全ての者を引き連れてな」
 まさにそうしてというのだ。
「松山の蟹達の総大将としてな」
「そうだったのですか」
「人は人、蛇は蛇、蟹は蟹と結ばれるべきだ」
 利平は佳代にもこの摂理を話した。
「だから来て与太郎殿を止めたのだ」
「そうだったのですか」
「何よりだった」
 利平は落ち着いてこうも言った。
「まさにな」
「こうしたことになったのは」
 この度助かったのは何故かとだ、長左衛門は言った。
「この娘が心優しく蟹にも思いやりの心があるからだ」
「だからですか」
「この度は助かった」
 そうなったというのだ。
「やはりあらゆる生きものには魂があり」
「だからこそ」
「全てに仁の心があってこそじゃ」
 まさにというのだ。
「それが徳となり人を助ける」
「そういうものになりますか」
「まさにな、この度のことでよくわかったわ」
 しみじみとした声でだ、長左衛門は娘に話した。そしてそのうえでだった。このことを家で祝った。やがて佳代はよき相手の許に嫁ぎ幸せとなった。
 この話は長きに渡って伊予に残っている、佳代は蟹にも仁愛を向けたその徳により救われた。このことは仁の大事さを語るものであるが佳代以外の誰にも言えることであろう。あらゆる生きものに対して仁即ち優しさがどれだけ大事でそれが時として人の為だけでなく自分を助けることになることは。


蟹への愛情   完


                        2016・12・21
[8]前話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ