二章 追いつかない進化 - 飽食の町マーシア -
第23話 失うこと
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「……!」
「何もかもが『今さら』だった! その研究結果が周知されれば、今五体満足の連中は今後足を失うことがなくなるだろう。だが、失われた私の足は生えてこない!
こんな理不尽なことがあっていいのか!? この先の人間だけが救済される。すでに足を失った私は救済されない。一生自分の力では歩くことができない不自由な身のままだ!
そして昔『問題はない』と言い放っていた無能な奴らは何の責任も取らず、それどころか、新しい事実を発見したことで功績をあげたかのような誇らしげな態度だった! こんなバカな話があるか!?
私はそのとき思った……。この無能な奴らは絶対に殺さなければならない。そして研究結果は破棄し、この先も足を失った私の苦しみは共有されるべきである、とな」
しゃべり終わった町長は、あらためて禍々しい笑みを浮かべながら、三人とその後ろの人間たちを眼光で舐め回した。
すぐに言葉を発するものはいなかった。
三人の後ろにいる自警団や冒険者たちもしばし固まり、町長宅の広い裏庭は静寂に包まれた。
そのまましばらくの時が流れたが――。
「町長、あなたは間違っています」
アランが、まるでこの場の人間を代表するかのように、ゆっくりと言った。
「何?」
「世界は、動いています。特に大魔王討伐後、そのスピードは速くなっているように思います」
赤髪の青年は続ける。
「十年前の常識が今の非常識となっていても、それは決しておかしいことではないのです。
技術的に及んでいなかったこと――それに対し当時の人間に罪を問うことはできません。ましてや、それを根に持ち、新しい発見を破棄して自身が受けた苦しみを共有しようとするなど愚の骨頂……。それは進歩を否定するということに他なりません」
「……」
「この広い世界のことですから、探せば同じような話はありますよ?
例えば、剣術の訓練中は『汗をかいて疲れてしまうため水を飲んではいけない』とされ、師匠が弟子にそう厳命していた地域がかつて存在しました。当然、その教えのせいで脱水になり死亡した例もあったでしょう。今となっては、そんなことを言う師匠はいないと聞いていますが、まだ生きている当時の師匠たちに『責任を取って死ね』と言う人はいないでしょう。実際そんな訴訟が起きたという話は聞いたことがありません。
皆、その時代の水準の中で生きています。それを過去にさかのぼって否定することなど、誰にもできないのです」
「君は、私に……不幸な者に、泣き寝入りしろと言うのか?」
「――不幸だって?」
シドウは少し驚いて、横にいるアランの顔を見上げた。
ここまで飄々と喋っていた彼の言葉に、急に怒りが混じったように感じたからだ。
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