縊鬼
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?」
よく通る中年男の声が背後から響いた。俺は第二選択は中国語なのでよく分からないが、多分ドイツ語の教授だ。俺はとっさにドアの前から離れる。
「あ、すみませ」「丁度よかったわ、教授♪」
一切臆する事なく、飛縁魔は教授の顔を覗き込んだ。くらり、と教授の背中が揺れた。今教授の中で何が起こっているのか、経験者の俺にはよく分かる。
飛縁魔は一時的に、人の記憶を混乱させて自らを『親しい人間』と思い込ませて居場所を作る能力を持つ。
「この授業を選択している八幡静流さんのこと、何か聞いてない?ノートを返し忘れちゃったの♪」
いや知ってるわけないだろ、中学校じゃないんだぞ。
「……彼女ならさっき、休講届を持ってきたが」
「休講届!?そんな制度あるのか!?」
つい口をついて出た。大学の講義って出るも出ないも自由なんじゃないのか。
「真面目な生徒は、勝手にサボらないのよ」
「ぐぬぬ」
「私も休講届を提出する生徒を見るのは5年ぶりくらいだったが…」
「形骸化してんじゃん」
「――学校には来てたのね。どうして休講?」
「よく分からなかったのだが…ごめんなさいごめんなさい、なんて説明していいのか分からないんですけど、お友達がその…首吊りのあったところで、その…ごめんなさい!事情はあとで説明します!!本当にごめんなさい、私急ぐので!!…と言い残して走って行ってしまった」
この短いセンテンスの中でどれだけ『ごめんなさい』を連呼するのだあの人は。しかも情報が『首吊り』しか伝わっていない。
―――首吊り。
背中から首筋まで、悪寒が走った。それは未来視にも似た、これから起こる『厭な事』を否が応にも想起させる感覚。…否、感覚がどうとかそういう話じゃないのかもしれない。
未来視の持ち主が『首吊り』という言葉を残して消えたのだ。
「―――俺は、急ぐべきだ」
自分の口から洩れた言葉に、俺はぞっとした。
「そうだ、急がないと」
未来が見えるくせに判断力に乏しい、あの人を守る為に。
―――胸が苦しい。
俺は息を切らせて走り続けていた。
呼吸はひりつくように熱いし、坂道はもどかしい程急で、イラつく程に辿り着かない。まるで悪夢の中だ。得体の知れない化け物から逃げたくて走るのに、空気がねばついて進まない。あの感覚に似ている。ようやく首吊りの木が見えた瞬間、舌打ちすら出た。
「静流さん!!!」
この辺りに居る事は分かっている。俺は怒鳴るように叫んだ。木の幹に隠れて靡いていた黒髪が、弾けるように動いた。
「青島さ…!」
かすれたような、悲鳴のような声がした。幹によりかかり、身をよじるようにして現れた彼女の白い喉に、細いビニール紐が食い込んでいた。
「…鎌鼬!!」
号令をかける前に、既に鎌鼬は俺の背後で蠢い
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