第三十五話 臨終の床でその九
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「泣けばお姉様はどう思われますか」
「そうですね、確かに」
「ですから」
「わかりました」
セーラも頷いた、そしてだった。
涙を堪えた、マリアもそれは同じでだ。
泣こうとするそこで自分を抑えてだ、マリーに言った。
「では」
「それではですね」
「今は音楽を聴くのがいいかしら」
「音楽をですか」
「楽師が歌う歌か奏でる竪琴を」
「歌ですか」
「どうかしら」
こうマリーに言うのだった、自分の考えを。
「今は」
「そうですね、明るい音楽を」
「それがいいと思うけれど」
「マリアの言う通りです、今はあえてです」
「明るい音楽を聴いて」
「むしろ笑顔でいましょう」
悲しい気持ちはマリーもある、それは事実だ。だが彼女はマイラのことを想い二人よりも涙を耐えていた。
だがそれでもだ、その我慢に自信がなくてだ。
マリアの言葉に頷いた、それで言うのだった。
「すぐに宮廷歌手を呼びます」
「では今から」
「この場で」
「聴きましょう、そして」
「気持ちを明るくでね」
「持つことね」
「そうしましょう」
こう言ってだ、実際にだった。
マリーは宮廷歌手、竪琴も得意とする彼を部屋に呼んで従妹達と共にその音楽を聴いた。そうして涙を防いだ。
その音楽は太子も聴いた、その音楽を聴いて彼は言うのだった。
「いい曲だ」
「場違いでは」
「そう思うのですが」
彼の側近達はその太子にいぶかしむ顔で言った。
「お妃様が間も無くです」
「この世を去られるのですから」
「葬送曲の方がいいのでは」
「何故明るい曲なのでしょうか」
「決まっている、悲しいからだ」
だからだとだ、太子は落ち着いた声で言った。
「三人共だ、妃との永遠の別離をした後だからな」
「それで、ですか」
「悲しみから逃れるまで」
「だからこそですか」
「あえて明るい音楽を聴かれているのですか」
「王家の者は泣いてはならない」
太子も泣いていない、少なくとも表情も動きも冷静だ。淡々とさえした物腰で赤い葡萄酒を飲みつつ言う。
「涙を見て下の者達はどう思う」
「だからですか」
「あえてですか」
「ああした音楽を聴かれ」
「悲しみを紛らわせているのですか」
「そうだ、しかもこの大きさだとだ」
音楽のそれについてもだ、太子は言った。
「妃の部屋までは届かない」
「そうですね」
「この部屋にまでは届きますが」
「それでもです」
「お妃様のお部屋までは」
「届かない大きさですね」
「そうだ、妃を気遣ってのことだ」
悲しみを紛らわせていることがマイラが知ればマイラは悲しむ、そうした感情を素直に知ってであったのだ。
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