アインクラッド 後編
凶兆
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幹部様に貸しを作るのも悪くはない」
左の口角だけを持ち上げ、薄汚く笑ってみせる。
アスナの右手がテーブルを離れ、瞬間、ぶるりと痙攣した。
表情筋の形状から、彼女が奥歯を噛み締めていることが分かる。
ぐっと、射抜くような視線。それを遮って、アスナからパーティーに誘われたことを示すウィンドウが表示される。マサキはアスナと視線をぶつけ合わせたままYESを押した。
「……もういいゾ」
マサキとアスナの二人が店から離れたのをフレンドの位置追跡機能で確認し、アルゴは無人の店内にそう声を掛けた。すると、カウンターの奥、STAFF ONLYと書かれたボードがぶら下がったドアが開き、一つの人影が現れた。
大きな隠蔽ボーナスの得られる濃紺のフード付きロングコートに、足音を小さくすると同時に走っている場合やジャンプを除いて足跡を消す特殊効果を持ったブーツ。フードを目深に被っていて、その目元を覗くことはかなわない。
しかも、今までその人物が行っていたのはアルバイト機能を利用して基本はNPCしか進入できない領域に入っての盗聴行為だ。犯罪ではないが明らかに非マナー行為であり、露見すればその見るからに怪しい外見と相まって何の目的なのか厳しく詰問されても文句は言えない。
その人物はただ一人店に残っていたアルゴの背後を通過し、音もなく店を去って行った。
その様子を横目で眺めていたアルゴは、ストローに口をつけて僅かに残ったジンジャーエールを吸い込んだ。ずずっ、という音が、今度こそ無人になった店内に響く。
「……頼んだゾ、二人とモ」
今にも溶けて消えそうなグラスの氷を見下ろしながら、アルゴは小さく呟いたのだった。
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