一.岡豊の姫若子
一章
二.西国より来た男
[6/9]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
らないが、弟たちはそんな風に互いを慰め、言い聞かせていた。
「誰じゃ!」
親益の頭を撫でる元親の背後を見ていた弟が突然声を発した為、元親は飛び上がる程、驚いてしまった。
「なんだ、なんだ、どうした」
と、弟が見つめる一点を振り返って見れば、鮮やかな浅黄色の絹の着物に、同じく絹の紗で顔を隠した女人が静かに佇んでいた。
それだけなら驚くに値しないかも知れないが、ここは辺境の地、土佐である。
城主の息子の元親たちでさえ、質素な麻の着物を着ていると言うのに、その女性の着ている着物は傍目にも高値と分かる繊細な織りの反物から作られており、都の香りを漂わせていた。
この遠い土佐の地にお忍びで来たのならもっと軽装で来るだろうし、見たところ衣類の乱れや汚れと言った旅の窶れも見えない。
人外の生き物──。
その女の醸し出す雰囲気が親益を警戒させ、彼に声を出させたのであった。
露出した目許を見るだけでも、高貴な血筋と分かる顔立ちをしていた。
その顔を見て、元親の脳裏に浮かんだのは、かつて「萩丸」と呼び、共に良く遊んた童の記憶だった。
「萩丸? お前、萩丸じゃねえか」
駆け寄る元親に女は身構え、手にした刃物を突き出した。
「危ない、兄上!」
弟が叫んで知らせるまでもなく、元親も煌めく鋭利な光に気付いて咄嗟にその切っ先を避けた。
自ら懐に飛び込んで来た相手が秘かに舌打ちをする。
彼女と目を合わせた元親は女ではなく、これは男だと直感した。
「ちょっと待て、萩丸」
自分が分からないのか、と。
幾たびも呼びかけてみたが、萩丸と思われる青年の表情は強張ったままで、元親への警戒も解かない。
「兄上、萩丸とは誰のことにございますか」
「いや、誰って言うか、そうかお前は萩丸を見てなかったな」
実はここ数年、萩丸は元親の前に全く姿を表さなくなっていた。
いつからだろう。
弥三郎と呼ばれていた幼い頃に萩丸と岡豊の山で遊んだ記憶はたくさんあるものの、元親が女遊びと酒の味を覚えた頃からだろうか。あの懐かしい草むらの匂いを身近に感じることはなくなっていた。
気付けば元親から弥三郎の面影は消え、二十歳を越えた男子となり、萩丸のことはその記憶すら遠い彼方のものになっていた。
目の前の相手の切れ上がった双眸を見た瞬間、一瞬萩丸ではないかと思ったものの、彼の中の萩丸の記憶はぼんやりして霞が掛かっている。
相手のこの態度からしても萩丸である筈がなかった。
「お前、どこの者だ。土佐者じゃねえだろう」
この出で立ちにこの容姿である。
口許は紗で覆っている為、目許しか見えないが、これ程の美形がいれば周りが放って置かないし、美人の噂なら例えそれが隣国だろうと必ず
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ