一.岡豊の姫若子
一章
一の2
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弥三郎が八歳になった時だ。
姉の於能が本山茂辰の子を産んだと岡豊の城にも報せが入った。
「浮かない顔じゃな、弥三郎」
いつものようにどこからか城内に入った萩丸が池の魚を見てぼんやりしていた弥三郎に話し掛けて来た。
最近の弥三郎は正体を隠す気もないのか、ふさふさした尻尾をこれ見よがしに振っていることが多くなった。
しかし、どうせ彼の姿が見えるのは弥三郎と三番目の弟、弥七郎だけである。
昨年、弥九郎と言う名の母親違いの弟が生まれたが、この弥九郎には萩丸はまだ会っていなかった。
「於能姉さんが本山の子を身籠もった」
「息災で何よりじゃの」
確かに萩丸の言う通り、姉と本山茂辰の仲が子を儲ける程、睦まじいことを喜ぶべきなのだ。
「もっと嬉しそうな顔をせんか、弥三郎。お前らしくとない」
「うむ」
しかし、国親の本山への恨みの激しさを知っている弥三郎はやはり呑気に喜んでいられなかった。
「孫が出来ようと父上の中で本山は変わらず仇敵だ。姉さんが危うい立場にいることは何も変わらん」
いや。
子が出来れば於能も自分ら弟たちより、我が子の方が愛しくなるだろう。
於能の出産は弥三郎にとっては姉との二度目の別れだった。
「塞ぎ込んでおらんで、魚でも取りにいかんか? 」
「行かん。しばらく誰とも話したくない」
気落ちしたまま、弥三郎は屋敷の奥へと引き籠もってしまった。
萩丸と会ってからは外で遊ぶことが多くなったとは言え、岡豊の姫若子は相変わらず、室内で遊ぶのが好きな大人しい姫のままだった
こうしてちょっとでも面白くないことがあると、引き籠もって何日も外に出て来ない。
萩丸の誘いにすら返事もしないのだ。
「弥三郎、栗の実を取りにいかんか。久しぶりに表に出て、萩丸と遊ぼう」
酒豪の多い土佐の地では、それでなくとも荒々しいいごっそうが持て囃される。
いごっそうとは、頑固で気骨のある男の意で、武技に秀で、戦では先陣を駈ってばたばたと敵を薙ぎ倒して行くようなそんな強い男が何より皆の尊敬を集めた。
弥三郎のように部屋に閉じ籠もって書物ばかり読み漁っている男は、どれだけ知恵があろうと「軟弱者」と軽んじられる土地柄である。
当然、八歳になっても本を読み漁り、一向に槍の稽古もしない弥三郎への顰蹙の声は父国親の耳にも届いていた。
その日、麓の寺まで手習いに出掛ける用事のある弥三郎は、下の弟たちと共に、父親の従弟である戸波親武に付き添われて岡豊山を降っていた。
「於能の話はおまんらも聞いたか、弥三郎、弥五郎、それに弥七郎」
この時、二つ下の弥五郎は六つ。
於能が嫁いだ時はまだ赤ん坊だった弥七郎は四つになっていた。
「聞いた。本山茂辰の
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