暁 〜小説投稿サイト〜
白く咲けるは何の花ぞも
一.岡豊の姫若子
一章
一の2
[3/6]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
俺は、自分の命など惜しくない。けど、姉やんが」
「泣いても世の中のことはなかなか己の思い通りにはいかんものだ。お前一人の命、於能の命、岡豊の民の命。すべてを秤にかけ、どれを選ぶのか。その悩みはお前が親父の跡を継ぐ以上、必ずついて回り、行く先々でお前を悩ませるだろう。それがお前に課せられた役目なのだ。何人たりとも、己が持って生まれた天命からは逃れられん」
「天命なぞ知るか。俺は俺が思うまま、したい様にする」
「お前の行く末が楽しみじゃの、姫若子。姫のまま名も上げず、どこぞの野で朽ち果てるか、お前の親父を飛び越えて、この土佐からも羽ばたいて大海へと躍り出るか。まあ、於能のことは心配あるまい。弥三郎にはこの萩丸がついておる。お前の姉にも頼まれた故な。お前が悲しまずに済むよう萩丸も一生懸命頑張る所存じゃ」
「お前が?」

 お前なんかに何が出来る。
と、弥三郎は目の前の童を睨んだが、見ているうちに確かに彼はただの人の子には見えなくなってきた。
 笑うと尖った犬歯が覗くのだ。
 それだけではなく、ふさふさと触り心地の良さそうな茶色の尻尾が尻からぶら下がっていた。

「心配無用じゃ、弥三郎。お前が危ない時は、この萩丸が必ずお前を助けてやる。それが宇迦之御魂神様から萩丸が賜った真言だ」
「うかの、みたま? 」
「今のお前が無理して分からんでも良い。いずれ、自然と分かる。秦の血筋のお前ならば、宇迦之御魂神の加護が必ず得られようぞ」

 その言葉通り、以降、萩丸は常に弥三郎の傍についていた。
 どうやら萩丸の姿はすべての者に見える訳ではないらしく、屋敷の中ではまだ赤児の三男、弥七郎だけが弥三郎の背後を指さし、「うー、うー」と聞き取れない言葉で訴えて来るだけで、次男の弥五郎は全く見えていないようだった。

「なんだ、この馬糞は! 誰がこんな場所に撒き散らした!」

 岡豊城内では頻繁に起こる萩丸のしでかす悪戯に、「狐の仕業じゃ」と怯え、祈祷師まで呼ぶ騒ぎになったが、その祭司にすら萩丸の姿は見えていないらしい。
 それを見て、弥三郎と萩丸の二人で隠れて大笑いしたものだった。
 一度だけ全国を回っていると言う偉い坊さんに萩丸の正体が見破られてしまったが、「悪さをする狐ではないようだな。だが、悪戯は程々にな」と窘められるだけで終わった。
 その坊さんを弥三郎は追いかけ、こっそり萩丸の正体を聞いてみたが、

「萩丸は狐なのか?」
「ほう。若様にはあの狐の姿が見えますか。かれこれ三百年程、修行をしておるようだが、いまだ地狐にもなっていないただの狐のようですな」
「三百年?!」
「そうじゃ、お前が思うより俺は年寄りなのじゃよ、弥三郎」

 いつの間に来ていたのか、後ろで弥三郎と坊主の話を聞いていて、萩丸がけらけらと笑っていた。

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ