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白く咲けるは何の花ぞも
序章
序章
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自分が笑いを隠せずにいることに気付いた毛利は、直ちに弛緩した口元を元に戻す。

「それにしても、今日は良い風が吹くな」
「ん? おお、そうだな。ちょっとばかし強く吹きすぎだが、船を走らせるには好都合だろう」
「うむ。これなら安芸へ戻るにも早かろう」
「安芸、か──」

 毛利の一言で長曾我部は真顔に戻り、手にした木の枝を放り投げる。

「毛利、あんたは俺の捕虜だと言った筈だ」

 改めて語気を強め、毛利を諭す。
 戯けた表情で場を和ませることの多い長曾我部だが、真顔になった時の彼はまさに鬼神、鬼若子だ。
 生まれつき白かった銀髪は獅子の鬣のように逆立ち、これまた先祖返りなのか彫りの深い顔立ちに赤茶色の双眼が燃え盛る焔のように相手を上から威圧して来る。
 それで動じるような毛利ではないが、ようやく本題に入れると思ったのだろう。
 長曾我部に向き直り、真っ正面から視線を交えた。

「あんたはここで──、俺の監視下で、ゆっくりと寛ぎ、静養するんだ。どんな我が儘な願いだろうと、この元親が手を尽くしてあんたの期待に応えてやる。だが、あんたを安芸に返すことだけは駄目だ。今は身体を治すことを第一に考えろ」
「これは頼みでも懸願でもない。我を安芸へ送り届けるのだ。断ることは断じて許さぬ」
「……嫌だって言ってんだろ」
「ならばここで死ね。その手で我を殺め、我から自由を奪うと良かろう。偽善はたくさんだ」
「強がりもたいがいにしろってんだ。今のあんたなんざ、赤児の首を捻るより容易く息の根を止められる。大人しく俺の命に従っておけ! ここはあんたの土地じゃねえ、俺の土地、この元親の言うことが絶対なんだ!」
「………」

 長曾我部の言葉を愚弄と受け取めた毛利が腹を立て、眉間に皺を寄せる。

「姫若子が」

と吐き捨てる様に言う。
 彼が本気で腹を立てた時、常に起こることなのだが、長曾我部の胃の腑が締め付けられ、食べた物すべてを吐き出したい程の錯覚を覚えた。
 強い力で内臓が締め付けられるような。
 嫌な汗が滲んで来る。
 長曾我部には長曾我部の神が憑き、これまでの生涯、彼のことをずっと護って来たが、毛利にもまた同じように神が憑いている。

「良いから肝に銘じておけ、弥三郎。お前とあの男──、と言うより、あの男の背後に在る者とお前の相性がすこぶる悪い。けして混じり合わぬ縁故、互いに惹きつけられてしまう因果な関係じゃ」

 過去にそう忠告された。
 それでもこうして毛利と長曾我部は切っても切れない因縁を結んでしまった。
 神仏や占術の類は一切信じぬことにしている長曾我部だが、毛利と自分の因果は確かにあると思っている。
 思えば最初に会った時から、毛利の存在は長曾我部の周囲の人間の中で際立って異質だった。
 
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