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白く咲けるは何の花ぞも
序章
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この土佐を訪れた際、一番に感嘆することだった。

「この海を遥か彼方に越えた先には、広大な荒野が広がる異国の地があるらしいぜ。伝え聞いた話じゃ、この日の本の州全部を合わせたより遙かにデカいらしい。狭い瀬戸内の水溜まりで決着のつかない諍いを延々あんたとやり合ってるてめえが豆粒みてえに小さく感じる」
「エスパーニャとか申す南蛮人たちの住む国のことか」

 エスパーニャ、或いはイスパニアとも言う。
 西の果てに位置する吉利支丹たちの国だ。
 この四国に渡来する南蛮人はさほど多くはないが、毛利が治める中国と北九州の港は外国からの玄関口である。
 中国の国力はそれで成り立っている部分も多く、当然、長曾我部より毛利の方がその辺の事情に通じてそうなのだが、彼の関心は南蛮人が持ってくる財だけで、彼らの文化や歴史、暮らしぶりなどは全く関心がないようだった。
 彼の目は常に自国の保全のみに向けられているのだろう。

「ったく、夢のねえ田舎者はこれだから困るぜ。いいか、エスパーニャってのは唐の国をこう越えて行ってよ」

 長曾我部が地に落ちた枝を拾い、無知な毛利に世界とは何なのか教えてやろうと地面に世界地図を描き出しても、毛利の聞く気もないのか視線すら向けなかった。

「で、土佐から行く航路はこうだ──、ってあんた、俺の話聞いてんのかよ。何、人にケツ向けてんだ」
「遠い異国の話なんぞ聞いたところで何の役に立つ。どうせ忘れる知識など、聞くだけ無駄だ」
「無駄だと決めつけるのは俺の話をちゃんと聞いてからにしろよ! あんた程知識に飢えてる奴もいねえと思ってたんだが、案外狭い了見で満足してんだな」
「目の前の小事よりその先の大事とは申せど、己の足場が弛んでおるのに、遠く海の果てばかり眺めておるのも愚の骨頂。知識は無尽蔵には溜められぬ。我にとって必要な知識とは戦に完全勝利することのみ。それ以外はどうでも良い」
「……つっまんねえ男だなあ。あんたにゃ、これっぽっちも夢ってもんを感じねえ。毛利、あんたそうやって生きて来て楽しいと感じたことが生涯で一度でもあったか? 何だか俺は生まれ変わってもあんたにだけはなりたくねえ。俺は俺でいい」
「貴様のように始終酒をかっ喰らい、高鼾で呑気に惰眠を貪ってはおれぬ身故な。そもそも貴様と我とでは魂の完成度が違う。魂として未成熟な貴様如き俗輩が、日輪の加護を受けた非凡なるこの元就に成り代わることなど、断じてある筈がなかろうが」
「へいへい、そーかよ。もうあんたにゃ何も教えてやらねえ」

 毛利の理解を得るのは到底無理だと諦め、長曾我部は地面に描き出した地図をせっせと消し始めた。
 大柄で肩幅も広く、屈強な戦士である長曾我部が折れそうな程、細く小さな木の枝を掴み、地面の落書きを消している様はどうにも滑稽だった。
 
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