第一章
[2]次話
ドン=キホーテ異伝
様々な冒険の末にだ、今一人の老騎士が世を去ろうとしていた。少なくとも彼自身はそう思っていた。
「全ては夢幻だった」
「そう言われますな」
従者を演じていたサンチョ=パンサは主ということになっていた彼に悲しい顔で応えた。
「それがしはです」
「どうだったのか」
「お仕え出来て幸せでした」
「そうか、しかしだ」
「それでもですか」
「わしはわかった」
老騎士ドン=キホーテはこれまでとはうって変わって弱々しい声で言った。
「わしはおかしかったのだ」
「ですからそうは」
「いや、言う」
長い髭も今は弱い感じだ、表情もまた。
「全てな、何もかもだ」
「夢幻であったと」
「騎士なぞもう必要ない」
自身が悟ったことだ。
「だからわしはもうだ」
「世を去られると」
「そうする」
こう言うのだった。
「今まででご苦労だった」
「では」
「ははは、わしは何だったのだろうな」
自嘲さえだ、キホーテは漏らした。
「一体」
「それは」
「騎士のつもりだったが騎士ではなかった」
こう言うのだった。
「それにもう騎士の時代ではない」
「そう言われますか」
「所詮な、そのことがわかった」
「そしてですか」
「わしはこのまま世を去る」
「そうされるというのですか」
「このままな」
こう言ってだ、キホーテはこのまま世を去るのを迎えようとしていた。サンチョ=パンサはその主を見つつだ。
臨終の立会いに来た僧侶にだ、こう言った。
「どうかあの方を」
「安らかにですね」
「はい」
これが彼の僧侶への言葉だった。
「そうされて下さい」
「わかっています、あの方はです」
「あまりにも気の毒な方ですね」
「ですから」
「最後はですね」
「あのまま亡くなられてはあまりにも不憫です」
それ故にというのだ。
「ですからお願いします」
「お任せ下さい」
僧侶も確かな顔で頷く、だが。
キホーテのあまりにも寂しく悲しい顔を見てだ、共にいる若い弟子に言った。
「あの様に悲しいお顔の方ははじめてです」
「そうですか」
「あれだけの悲しみに満ちた方を安らかに送る」
「そのことはですか」
「無理かも知れません」
二人だけになった時に言うのだった。
「あそこまでになると」
「左様ですか」
「パンチョさんには言いましたが」
必ず安らかにすると約束したがというのだ。
「ですが」
「それでもですか」
「とてもですね」
「はい、これは」
また言うのだった。
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