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霊群の杜
ターボ婆さん
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すようにして、同じように小さな声で応える。
「……何がだ」
「んん?声が小さいねぇ」
「うるっせえよ。てめぇだけフルフェイスで顔隠しやがって。大声出させて知り合いに顔バレさせる気だな」
美少女が駆る大型バイクの横にサイドカーでもっさい野郎が二人だぞ。俺なら笑い過ぎて写メ撮り忘れるレベルだ。死んでも顔バレなど許されん。
「―――ターボ婆さんよ」
「あぁ。なんか歯切れ悪かったな。あれは結局、何なんだ」


遠い昔、この峠で死んだ女だ。…奉はそう呟いた。


「あれは元々、俺やお前、それにあの弱虫眼鏡のような奴らにしか見えないものだ。何度か『そういう奴ら』の目にとまり、噂になったんであろうねぇ。ターボ婆さんなどというキャッチーな名前を貰って」
「いい加減名前で呼んであげて」
「呼ばなくて結構」
右側から険を含んだ声が刺さった。俺は思わず肩をすくめる。
「あの女は何故、あんなにも死にもの狂いで走るのだろうねぇ」
えぇ…そんなこと聞かれても、その姿をはっきり捉えることすら出来なかった俺には皆目見当がつかない。俺は適当に答えることにした。
「走らないと死ぬんじゃね?」
「正解」
「……は?」
「あれは逃げているんだねぇ……未だに」
遠い昔、この峠に至る程の津波がこの地を襲った。
「津波てんでんこ、と云ってな。津波から逃げる時は、親も子も兄弟も関係なく、それぞれがバラバラに逃散するのが正しいんだよ。だがあの女は禁を犯した」
「どういう…」
「あの女が抱えている包みの中身」


ありゃ、生まれたばかりの赤子だよ。


「えっ……で、でもあの婆さん」
「あれは婆さんじゃねぇよ。痩せこけているのは産後の肥立ちが悪かったから。…老婆のような形相は、恐怖に歪んでいるから。一瞬で黒髪が白髪に変わるような、とてつもない恐怖だ」
「ここらを襲った大津波っつったら…もう300年以上前だぞ!?」
―――なんということだ。それではあの女は。
「今も、逃げ続けているんだねぇ…津波から」
お産直後で思うようにならない体を引きずって、小さな赤子を抱えて。女はどれだけ渇望したことだろう。


もっと速く走れたら。駿馬のように駆け抜けたら。津波も追いつかないくらい。そうできたら子供を守れるのに。


なす術もなく赤子と共に波に呑み込まれた瞬間から『その妖』は誕生したのだ。
「峠を駆けるあの『妖』は、今や駆ける意味すら忘れ去り、渇望のままに駆けるのみだ。…案外『ターボ婆さん』というふざけた名付けは云い得て妙、というやつかもしれないねぇ」
皮肉な笑い声くらいたてそうな奉が、珍しく大人しい。
「…知っている人、だったのか」
「…どうかねぇ」
ただ、『あれ』を眼鏡女が頻繁に目撃しているのであれば、少しまずいかもねぇ。…
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