廃墟の章
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体何者だ…。ヴィーデウスは事故死と断定されている…やつは…」
「汝が殺したのだ。そう…汝の手で、神殿の階段より突き落としたのだからな…。」
それを聞いたヘルベルトは、目を見開いて叫んだ。
「それは…誰も知らぬはずだ!何故お前が知っているのだ!」
ヘルベルトの顔には、ありありと恐怖の色が滲み出ていた。それは得体の知れぬ目の前の女に対してのものであり、自ら犯した罪の記憶によるものでもあったのである。
「時は総てを見ている。原初の神が天より御覧になっていることと同じように。それは光が空から平等に降り注ぐかのようにな…。汝、目障りだ。失せろ!」
ベルディナータがそう言うと、ヘルベルトはあまりの恐ろしさに慌てて森へと駆け出し、そのまま闇の中へと消え去ってしまったのであった。
暫く周囲の人々は茫然とそれを眺めてが、皆我に返るや、倒れているマーガレットへと駆け寄った。しかし彼女の傷は深く、既に虫の息であった。
「マーガレット…俺なんかのために…!」
血に塗れたマーガレットをミヒャエルは強く抱き締めた。人々はそんな二人を見てどうにかならぬかと考えはしたが、手遅れであることは誰しにも解っており、それが虚しいことであると悟っていたのである。
「ミヒャエル…。ほんと…愛してた…のよ…。私…あんな態度しか…とれなかったけど…」
「喋らなくていい…。もう分かったから…。」
「いいえ…最期に言わせて…。貴方は王になる人…だから…私を愛して…くれたよ…うに…多くの人々…を…愛して…ね…?あんな兄に国を…取られては…だめよ…。だから…愛のある…国を…」
ミヒャエルの握っていたマーガレットの手から、その力が抜け落ちた。
「マーガレット…?おい、しっかりしろ!」
マーガレットの体をミヒャエルが揺らしたが、彼女が再び目を覚ますことは無かったのであった。
「俺はまだ言ってないじゃないか…!マーガレット、君を愛しているって…伝えてないじゃないか…!」
ミヒャエルの悲痛な叫び声は、未だ燻る炎の中にもこだました。しかし、それに答え得る人はもう居なかった。ただ、燻り続ける火の陰が、亡骸となったマーガレットと、それを抱くミヒャエルを静謐の闇の中に浮かび上がらせているだけであった。
その後、マーガレットは聖エフィーリア教会へと運ばれた。しかし、彼女がどこへ埋葬されたかは定かではないのである。古文書どころか、口伝ですらマーガレットに関しての情報は希薄なのである。それは後世にて侯爵家が消し去ったためとも言われているが、それだけではないようにも思える。ある種の想いから記憶を消したかった人物、特にミヒャエルの影響が大きかったのではなかったかと考えられるからである。
しかし、それを理由として語るには、もう少し時を待たねばなるまい。
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