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SNOW ROSE
廃墟の章
V
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、このフォルスタへと移り住んだのである。この話はさておき、ハインツの演奏が終わると、ホール内は拍手喝采の嵐となった。
「ハインツさん!貴方、何故ここで演奏なさらないんですか?これだけの腕がありながら演奏されないなんて…音楽への冒涜ですらありますぞ!」
 驚きのあまり、ヨゼフはハインツへと歩み寄って言った。自身が音楽家ゆえに、彼がどれほど優れた演奏をしたかなぞ一目瞭然だったのである。そんなヨゼフに、ハインツは苦笑いしながら答えたのであった。
「いや、そんなこと言われましてもねぇ…。僕は宿の経営だけで手一杯で、それどころではありませんでしたから。それよりも、次の演奏に移りましょう。」
 この話はこれで終いとばかりに、ハインツは新たな譜面を開いたのであった。ヨゼフも、それ以上語ることはせず、エディタへと合図を送ると演奏体勢を整えたのである。
 次に演奏されるのは、誰しにもトリオであることは分かっていた。ヨゼフがヴァイオリン、エディタがトラヴェルソを構えており、そしてハインツが続けてクラヴィコードを演奏するのは見ての通りだったからである。しかし、演奏曲目は知らされていないため、皆食事する手を休めて三人を見ていたのであった。
「それでは…。」
 ヨゼフがそう言って二人へと合図を出すと、美しい音が店内に響きだした。
 続いて演奏された曲は、作曲者不詳の室内ソナタ集からであった。このソナタ集は、通称“グロリア・ソナタ”と言われているもので、ここで演奏されたのは第一番であった。
 本来、この第一番は六人で演奏されるよう作曲されているのだが、それを名フルーティストとしてその名を残したハンス・クラウド=ケルナーが、ヴァイオリン、トラヴェルソ、そしてチェンバロの三重奏用に編曲したものを用いての演奏であった。故に、各楽器の難易度は増し、とても素人の手では奏することは出来ないものであった。
 この選曲をしたのはヨゼフであった。普段であれば第五番の比較的易しいものを選ぶのであるが、ハインツの力量がどこまでか試してみたくなったのである。そこでこれを選曲してみたのだが、ハインツはそれを難なく弾きこなし、その腕が確かなことを知らしめたのであった。
 レヴィン夫妻は演奏を続けながらも、このハインツの才をどうにか生かす術はないかと模索していたが、それをベルディナータに簡潔に述べられてしまったのであった。
 演奏が終わる頃、ベルディナータは厨房から出て来て音楽を楽しんでいたのだが、演奏が終わった直後、ハインツにこう提案したのである。
「ハインツさん。一週間に一回でいいから、この店で演奏を聞かせるってのはどうだろうねぇ?そうすりゃ客も喜ぶし、売上だって上がるってもんだろ?」
 なんとも彼女らしい意見であった。それを聞いた周囲の客達は、どっと声を挙げてベルディナータの意見に
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