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SNOW ROSE
廃墟の章
V
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は教会か劇場、またはレヴィン夫妻のように旅をしながら音楽を生業にするものが訪れない限り、そうそう耳にすることはなかったのである。ハインツの場合は例外と言えるが、そうであってもこうして数人で演奏をするのを聴けるというのは、滅多にない贅沢だと言えるのである。
 さて、マーガレットは例のごとくミヒャエルを扱き使い、彼に運ばせたクラヴィコードをホールの開けておいた席へと置かせ、レヴィン夫妻が演奏出来るだけのスペースを確保させたのであった。周囲の客席が多少狭くなるも、それに苦を洩らす者など一人もいなかった。皆、これから始まる音楽を心待ちにしていたのである。
 しかし、厨房の方ではベルディナータがその腕をフル稼働させ、汗まみれになっていたのであった。
「っとにもう!マリア、注文は取り終わったの?」
「終わってるわ!でも、こんなにお客が入ったら人手が足りないわ!飲み物すら運び終わってないのよ!」
 マリアはホール内を縦横無尽に走り回っているが、注文は受けれど運ぶだけの余裕はなかったのである。そこで、徐にディエゴがエプロンを着けて厨房へと入り、ベルディナータへと声を掛けた。
「ベルディナータさん。僕は多少なりともレストランに勤めたことがありますから、厨房を手伝いますよ。ホールは、どうやらミヒャエル氏が手伝ってくれるようなのでね。」
「うそ!?それなら早く言ってよ!もう手が攣りそうなんだから!」
 ベルディナータはそう言うと、ディエゴにあれこれと指示を出した。こうなってしまうと、もう客だ店員だなどとは言っていられなかったのである。それはマリアとて同じことで、ホールを見るや、ミヒャエルが固い笑みで飲み物を客席へと運んでいたのであった。
 暫くすると、ホールからざわめきが消えた。待ちに待った演奏の始まりである。どうやら最初は、この店の主ハインツが独奏をするようである。
 初めに奏されたのは、ケイン・レヴィン作の序曲(組曲)であった。この曲は、終曲にファンタジアを用いた特異なものとして有名であり、元来はリュート用の曲である。ハインツはここから数曲抜き出して演奏し、その実力は観客のみならず、レヴィン夫妻をも驚嘆させた。無論、間近で聴いたことのなかったベルディナータは唖然とし、もう少しで料理を焦げ付かせるところであった。
 ハインツの妻マリアは、夫の音楽の才をよく知っていた。ハインツはこの宿屋を継ぐ以前、隣のリッツェス地方のメッテスという街にある教会で、短期間だがオルガニストとして働いていたことがあった。ハインツとマリアは、その教会で出会ったのである。だが、宿屋の収入よりも高い賃金を貰っていたにもかかわらず、ハインツは両親の事故死を知るやオルガニストの職をきっぱりと辞し、このブルーメンシュトラオス亭を継いだのであった。その時、マリアもハインツの後を追って故郷を離れ
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