間章V
たゆとう光
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なたは、まさか…!」
そうアヴィが言うと、シュターツ侯爵夫人はいつも被っている帽子を取り、はっきりと顔を見せた。
「はい。私はマリーの姉のアイリーンですわ。妹は手紙であなたのことを“彼"としか書かず、名は今度会った時にと…。それが…アヴィさん、あなただったなんて…。」
そう言うと、シュターツ侯爵夫人…いや、アイリーンは涙を溢した。
二人の会話を聞いていたクルトも目を潤ませた。まさか、この様な形でこの二人が出会っていたとは思いもしなかったのである。
少しして、アイリーンが二人の前から顔を背けて涙を拭いた時、彼女の目に見知ったものが映った。
「あら…ヴァイスローゼンが…。」
アイリーンがそう呟いた時、アヴィは静かな声で答えた。
「あなた様がそれを…ヴァイスローゼンを必要としている御様子だったので…。」
「ええ…。今度郷を訪れる際、妹のために持って行きたかったの…。」
アイリーンはアヴィの言葉に、震える声で答えた。どうやら近々、ロッツェンへ帰郷するようであり、それを聞いたクルトはアヴィに言った。
「アヴィ。君もそろそろ里帰りしてみてはどうだい?家は無いにしろ、生まれ育った場所だ。無論、私も一緒に行く。」
クルトの言葉に、アヴィは暫く考えてから答えた。
「そう…ですね。良い機会ですし…。本当はこのヴァイスローゼン、マリーが作るはずだったんですよ…。僕と一緒になって、店でこれを作って旅人にあげるのだと…。それが…」
「そうね。姉である私を引寄せたんですもの…奇跡としか思えないわね…。」
アヴィとアイリーンはヴァイスローゼンを見つめながら話すと、側で聞いていたクルトも感慨深げにこう呟いた。
「神は如何なる場所へもおわします…か。僕は信心深いわけではないが、この出会いを見れば、誰もが神の存在を信じるだろうな…。」
外には暮れの夕日が射していた。もう夜が近付いてきており、空には淡い月も見えていた。
十日後のことである。
アヴィとクルトは、新しく作られたロッツェンの街へと赴いていた。一足前にアイリーンも、懐かしき故郷へと戻っていたのである。
「随分と変わったな。でも、海はあの時のまま…。」
アヴィは眩しさに目を細め、港から遥かに広がる海を眺めていた。その隣には友人としてのクルトがいた。
「アヴィ…。」
クルトはアヴィに話し掛けようとして止めた。ここで何を言おうと、全く虚しいだけだと思ったからであった。
総てを生みせし海。しかし、時として総てを奪いゆくものでもある。自然とは、元来そのようなものであり、与えすぎず、されど奪いすぎることもない。
だが、その場で生きる者にとっては、その力はあまりにも強大過ぎるのである。
「アヴィさん!それにフレミング伯爵!」
二人がたよとう海の輝きを静かに眺めて
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