間章V
たゆとう光
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クルトに言い切られたアヴィは顔を青ざめさせ、背中には冷や汗を流すことになった。まさか王都とはいえ、このような小さな生花店に侯爵夫人が来るとは、さすがにアヴィは考えていなかったのだから…。
そんなアヴィを見て、当のシュターツ夫人は溜め息を洩らした。
「アヴィさん、そんなに驚かれなくとも宜しいでしょ?確かに、私はミヒャエル・フォン=シュターツ侯爵の妻ですが、このお店に来るのは気に入ったからですわ。ここにある花ばなは、あなたの人柄か皆、とても生き生きとしてますからね。それは身分なぞ関係ありませんわ。」
確かに、花にとってはそうであろう。しかし、今のアヴィには別問題である。
もし仮に、侯爵夫人に普通の話し方で接すれば、一般的には不敬罪に問われてしまうのである。今まで通りにと言われても、はい分かりましたとは行かないのも道理と言えよう。
そんなアヴィの心に気付いてか、クルトが突然笑い出した。
「いやいや、これは…!君はまた随分と幸福だよ!この王都で侯爵夫人のお気に入りになるとはな。これは評判になるぞ?あ、そう言えば…侯爵夫人の故郷もロッツェンでしたね?」
「ええ。地震があった時には既に嫁いで王都に居りましたから、あの大災害からは逃れられましたが。」
アヴィは二人の会話を聞き、その顔を曇らせた。
彼は故郷の思い出をあの大災害の記憶とともに胸の奥深くへとしまい込み、この生花店を始めてからは誰にも話すことはなかったのである。
「シュターツ侯爵夫人。このアヴィもロッツェンの出なんですよ?これもまた奇遇としか言えないが、何か縁があるのでしょうね。」
「そうなのですか!?」
クルトの言葉に、侯爵夫人は驚いてアヴィを見た。
アヴィは話したくはなかったが、まさか知らぬとも言うわけにもゆかず、仕方なく話をすることにした。
「はい。私の家は小さな酒屋を営んでおりました。港の中に店があったもので、随分と繁盛しておりました。あの時に全てを失ってしまいましたが、私の心の中では今でも、在りし日の両親やお客さんの愉しげな笑い声が聞こえてきます…。」
淋しげに語るアヴィの言葉に、今度はシュターツ侯爵夫人の顔色が変わってしまった。
「アヴィさん?もしや、婚約者とよく浜辺へ行きませんでしたか…?」
「…なぜ…そのことを!?」
恋人のマリーと二人で浜辺へと行っていたことは、二人の身内と一部の人しか知るはずはなかったのである。
あの思い出の浜辺はマリーの家の土地であり、あの一帯は誰も近付くことは有り得なかったのである。船が通るにしても、大型船は遥か遠くを過ぎるだけであり、漁を営む者とて浜辺近くを漁場とはしていなかった。
アヴィは考えていた。いや、思い出そうと記憶を辿っていた。
確か、貴族へと嫁いだ姉がいたと…。名は…
「そう、アイリーン…。あ
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