間章V
たゆとう光
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その男の名はアヴィと言う。
彼はロッツェンという小さな港町の出で、今は王都プレトリスで生花店を営んでいた。港町の出で、何故に生花店なのか?
それは…。
「いらっしゃいませ!今日は何をお求めですか?」
彼の店へ入ってきたのは、三十代中程の婦人だった。富豪の婦人らしく、いつも良い身形でこの店へと訪れる。
「そうね…今日はこのアネモネを頂くわ。」
「いつもありがとうございます。」
アヴィはそう言うと、手早くアネモネを包み始めた。
「シュターツさん、今日も二十本ですよね?」
「ええ。もう覚えられてしまいましたね。それと…あの造花はまだありますかしら?」
アネモネを包み終えたアヴィに、シュターツと呼ばれた婦人が尋ねた。
「ヴァイスローゼンですか?あれは音楽祭の時にしか作ってないものですので…。」
「そう…でしたわね…。」
シュターツ婦人は俯いて呟いた。
この女性の名はアイリーン・シュターツと言い、この国の八貴族の一つ、名家シュターツ家現当主の奥方である。
しかし、田舎出のアヴィはその名を知らず、この婦人のことを富豪の市民としか思っていなかったのであった。
それも無理のない話である。貴族の夫人がこのような街中へ足を向けるなど、当時では考えられなかったからである。
「シュターツさん、どうしてもヴァイスローゼンが必要で?」
「いえ、無いものを無理にとは言いませんわ。あれば頂きたかっただけですので、どうぞお気になさらず…。」
シュターツ婦人はそう言うと、アネモネの代金を支払い、それを受け取って店を出て行ったのであった。
「ヴァイスローゼンか…。」
それはアヴィにとっても思い入れのあるものであった。それを語るには、時を八年前まで遡らなくてはならない。
それはアヴィが未だロッツェンに暮らしていた頃のことである。
王暦四五七年のこと。アヴィはロッツェンで、彼の両親が経営している酒屋で共に働いていた。
この街は小さいとは言え、毎日港には多くの船が出入りしており、無論それに伴い行き交う人も大勢いた。それゆえ、この小さな港町でも商売は繁盛していたのであった。
そんな多忙な日々の中、毎日アヴィに会いにくる女性がいた。
「アヴィ!今日もいつものところで待ってるから!」
「ああ!仕事が終わったら行くよ!」
その女性は、彼と結婚の誓いをしていたマリーであった。
二人は毎日のように会っており、時にはアヴィと共に店を手伝うこともしばしばであった。そんな二人の関係を双方の両親も快く認めており、式を挙げる日を待ちわびてもいたのである。
さて、アヴィとマリーはいつもその浜辺で、夕の星空を眺めるが日課となっていた。
ある時は一日の話を、またある時はこれから未来の話を…。満天の星空の下、他愛も
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