目々連
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それだけでいいんですか」
奉はつまらなそうに頬杖をついた。
「あーね…こりゃ妖でも呪いでもない。…予知さねぇ。恐ろしい思いはしただろうが、あんたは命を拾った」
「はい…」
「眼鏡屋の云う通りだねぇ、つまらん話だ」
退くも進むも、あんた次第だ。そう云って奉は伝票を抜き取って席を立った。そして静流さんの必死の抵抗を振り切り、3人分の支払いを強引に済ませて店を後にした。
あの眼鏡騒動から数日―――。
生徒がまばらに集う講堂で、眼鏡を外した静流さんを見た。
『畏れ』が染みついた眼鏡を外した静流さんは、少し活発になったように見えた。俺の姿を認めると、ぱっと大きな瞳を見開いて駆け寄って来たのだ。
「コンタクトにしたんです。1DAYの」
これなら『畏れ』が染みつかないでしょ、私…やっぱり奉さんが云った通り、怖がりだから。そう云って彼女は笑った。
「――通学は、どうしてるの」
「自転車、練習してます。まだ遅いけど」
自然と、口元がほころぶのを感じた。
…よかった。彼女に畏れながらの未来視なんて似合わない。
『退くか、進むか』。そう聞いた時は、何のこっちゃと思ったが…今なら分かる。彼女はその手に余る力から、手を退いたのだ。未来にどんな畏れが存在するかなんて分からない。それは皆、同じなのだろう。彼女はそれを一度だけ垣間見てしまい、一度だけ命を拾った。…それでいい。
「でも…出来ることならバスが事故を起こす未来も変えたい。…だからすごく考えて思い出してみたの」
「思い出した…?」
「窓の外。人、以外に視えたもの」
窓の外は、川…でした。あの小さい橋、落ちるんです。…きっと。
「―――そうか、退いたか」
秋半ば、既に初冬の冷気が籠る洞の奥で、奉は書から目を離すことすらなく、少しだけ口の端を吊り上げた。
「これで良かったんだよな。未来なんて誰にも分からないんだし」
「眼鏡は、捨てたのか?」
「……どうかね」
煙色の眼鏡の縁が、静かに何処かの光を照り返していた。その表情は相変わらず見えないが、何故か俺には、奉が笑っているのが分かった。間違いなく、今日の奉は最近珍しい程に機嫌がいい。
「捨ててねぇよ、多分」
「……コンタクトが合わない場合もあるしな」
「そうじゃないねぇ…あの女は、根っからの臆病者なんだよ」
『視えない』ことを畏れ始めるよ、そのうち。…奉はそう云って、目に見えてニヤつき始めた。
「眼鏡を手放していなければ、それでいい」
部屋の中央に据えられた燭台が、風もないのにゆらめいた。岩壁に映し出された奉の影が、いやに濃く感じた。
「あの未来視は、既に俺の掌中よな」
―――何を、企んでいるんだ。
「…無理矢理、未来を視せる気か」
「人聞きの悪い…俺はお願いするだけなんだが
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