第一部
1章:新天地の旅
4話 異世界の女流騎士
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小さく笑顔を浮かべ、そう言った。
これでもうこの場所に留まる意味は無いだろう。まさか重要機密関係者を表で指名手配するなどという暴挙にでることはあるまい。人の姿を見せたことで多少は慌てることになるかもしれないが、それはエドアルドあずかり知らぬところ。
呆然とする女騎士を横目に、彼は壁を蹴って中庭を囲む城の屋根へ登る。
「……さすがに暗いな」
街頭など無い夜のメルクリオを見てそう呟くと、スーツの機能でフードを作り出して頭を隠す。後ろから大広間より飛び出してきた無数の兵士たちの怒声を聞いたところで屋根を蹴り、更に身を包む外套を生み出すことで旅人に扮して街の闇に紛れた。
□□□
「……なんという強さだ、あの少年。エドアルド……と言ったか」
自分より小さな男に翻弄され、武器を落とされ、しかもまんまと逃げられて、女騎士――パステル・カリス・オストロンは呆然とごちる。
有象無象の兵士たちが地下室から出てきて、大声でエドアルドを――いや、正しくは黒い人形の魔物を、だが――探し始めても、彼の消えて行った屋根の上から目が離せない。
これまで、自分は負けたことが無かった……とは言わないまでも、そうそう負けることは無かった。後輩や同期にはもちろん、先輩たちにだって充分に勝てる実力があるのだから、この敗北はパステルに大きな屈辱を、敗北感を、そして悔しさを思わせる。
「オストロン隊長……あの、魔物は」
しかしそこらの兵士たちにとっては、ただ自分たちを蔑ろにして脱出しただけの、つまり単なる魔物なのである。
兵士隊の指揮官らしき人物の問いによって我に帰り、それからパステルは努めて冷静な声で解散を告げた。
「奴は逃げた。……いや、逃げられてしまった。私はこれから報告に向かう。今日は解散、全員持ち場に戻れ」
持ち場……とは言っても、この日パステルに仕える兵士たちの担当する仕事はもう無い。つまり暗に帰って良いと言われているわけで、意味のわからない研究に対する不安を抱えていた兵士たちにとって、彼女の言葉は笑顔を取り戻すのに足りるものだった。
「……あの青年なら、街で騒ぎを起こすこともないだろう」
いちど剣を交え、何かを感じ取ったのだろうか。誰にも聴こえないほどの声で呟いて、それからパステルはマントを翻し浮かれる兵士たちと共に城内へ戻る。
この日からメルクリオの上層部は、実験の失敗と有能な魔法使いたちの消失に頭を悩ませることとなる。そしてたった一人、召喚によって現れたエドアルドなる人物の顔を知っているパステルは……これ以上にない貧乏くじを引かされたのだった。
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