巻ノ七十六 治部の動きその十二
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「有り難い」
「それでは」
「うむ、前田家は今は家の存続を第一に置いておる」
家康は既にこのことを見抜いていた、前田利家の頃から実はそうした考えであることも彼はわかっていたのだ。
「ではな」
「少し脅しをかけますが」
「それでな」
ここでこうも言った家康だった。
「前田家は確かに残しな」
「ことが済んだ後でも」
「このことを約したうえでじゃ」
「働いてもらいますか」
「そうしよう、ではな」
「はい、前田家に対して」
「仕掛けるとしよう」
こうしてだった、家康は前田家を継いだ前田利長に詰問を迫った。自身への暗殺の話があるがそれに関わっているのではとだ。
その話を受けてだ、前田利長は難しい顔で家臣達に話をした。
「内府殿がそう言われてるが」
「いえ、それは」
「当家には全く心当たりのないこと」
「そうですが」
「そうじゃ、その様なことはじゃ」
利長は父によく似た顔で言った。
「わしも考えておらなかったしな」
「とてもです」
「大殿のご葬儀のことあり多忙でしたし」
「その様なことを企む暇なぞ」
「我等には到底」
「そうじゃ、内府殿もわからぬことを言われる」
困った顔で言う利長だった。
「これはな」
「これはわかっていることです」
ここでだ、幾分歳は取っているが髪も顔立ちも整っている気の強そうな女が言ってきた。利長の母であり前田利家の正室だったまつだ。
「既に」
「母上、といいますと」
「内府殿は当家を従えたいのです」
「この前田家をですか」
「そうです、ご自身の天下の為に」
だからこそ、というのだ。
「それが為にです」
「この様なことを言われているのですか」
「そうです」
まさにというのだ。
「当家を滅ぼすつもりはです」
「強くはないですか」
「左様です」
「ではここは」
「天下の流れはわかりますね」
「はい、このままですと」
利長も愚かではない、そして家を第一に考えている。何しろ多くの家臣も抱えている身だから彼等のこともあるからだ。
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