101部分:それぞれの思惑その四
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それぞれの思惑その四
「イシュタル様」
後ろから呼ぶ声がした。無視してそのまま歩いていく。
「イシュタル様」
再び呼ぶ声がする。だがそれも無視する。
「イシュタル様」
三度目でようやく振り向いた。
「人違いですよ」
何処か悪戯っぽい笑いを浮かべながらそう言った。彼女は声の主が誰か解かっていた。そして次に来る返答も解かっていた。
「またそのような事を仰る」
黒い髪を後ろに撫で付けた彫刻の様に整った白面に黒い瞳を持つ長身の青年だった。歳は解放軍のイリオスやアマルダより一、二歳上だろうか。引き締まりよく鍛えられた長身を膝までの黒い軍服とケープ、白いズボンとスカーフで包んでいる。彼こそ解放軍の将の一人オルエンの実兄にしてフリージ軍きっての名将と謳われるラインハルトである。
世の者はフリージ雷騎士団にラインハルトあり、と言う。マージナイトとしてその見事な剣技と魔力で知られ指揮官としても今までイシュトーやイシュタルの下で活躍してきた。その人格は高潔な事で知られ権力にも蓄財にも興味が無く女性や老人に対しても紳士的で部下や民衆にも仁愛を忘れず騎士の理想とさえ称されている。気の強い世間知らずなお嬢様であるオルエンもこの兄にだけは頭が上がらず尊敬している。
「冗談ですよ、将軍」
子供の様な無邪気な笑顔をラインハルトに向けた。
「全くまたお忍びで外に出られて。もしもの事があったらどう為されるのです」
困ったような顔をしてイシュタルの側に彼女を護る様に寄った。
「何処にシアルフィやトラキアの刺客が潜んでいるか・・・・・・。もう少しご自重下さい」
「あらっ、心配してくれるのですか?」
クスッと猫の様な笑みで言った。
「当然です。殿下は今や軍の総司令官ですよ。若しもの事があれば・・・・・・」
イシュタルはその言葉に少しツン、とした。
「あら、司令官としての私を護りにいらしたのですか?」
「当然です」
「・・・・・・まあいいです」
思った様な面白い返事ではなく興醒めした。イシュタルはそのままラインハルトに護られ裏口から宮殿に入った。
部屋に帰りゆったりとした青く丈の長い部屋着に着替えバルコニーで月を眺めながら侍女達と共に葡萄酒を飲んでいる。笛や琴を使う者もいて月の光に照らされた夜光杯と紅の酒、紫の中に輝く女達の髪と瞳、光を受け蛍の光の如く照らされる薄い青や緑の絹の服、透き通った白肌、幻想的な景色の中イシュタルは杯の中の酒を見た。
(あの方の瞳もこんな色だったわね)
イシュタルは杯の酒を口に含んだ。そして人房の葡萄を食べ終え侍女達と共に笛に興じた。
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