卍(まんじ)
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目には明らかな殺意と怒りが見て取れた。
「…………」
近藤の冷や汗が、ナイアガラの滝のようにだらだらと流れた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ここから先のことは、近藤のこの悲鳴から容易に察知できるであろう。
すなわち彼は、九兵衛と妙にいつものように半殺しにされ、恒道館道場の門前にミイラのような包帯ぐるぐる巻きの状態で放り出された。
一応近藤は警察の長官なのであるが、発見した部下たちは、驚も恐も悲しみも見せることなく、「またやったかい」と言わんばかりの無表情で、近藤を連れて帰るのである。
ストーカーを追い払った九兵衛と妙は、ほっと一息。
再び客間で、おつまみのスルメイカとお茶を楽しみ始めた。近藤がいなくなった8畳の客間は、呑気なぐらいに静かである。
「ほんと、休日なのに見苦しいところを見せて、ごめんなさいね」
苦笑いを浮かべながら、湯呑を持つ妙。
「こちらこそ、急に遊びに来てしまってごめん。おまけに新八君も留守かあ……」
「なあに、新ちゃんはいつものことよ。お通ちゃんのコンサートに行っているわ」
九兵衛はほっと安堵の息をして、湯呑のお茶を飲み始める。
新八は『寺門通』というアイドルのファンで、彼女のコンサートの日はしょっちゅう親衛隊として出かけるのである。
懸命にお通ちゃんの応援をする新八の想像をして、九兵衛は微笑ましい気持ちになった。心なしか、今飲んでいるお茶もコクがあるように感じられる。
自分の向かいにいるお妙も、湯呑に口をつけて、お茶の味を楽しんでいるようだった。
中に、近藤が入れた媚薬が入っているとは、2人とも気づいていない。
お茶は番茶だが、地味な苦みの中にもコクと雅があり、お茶の味をじっくり味わえるように熱くしたこともあって、スルメの味とともに十分に楽しむことができた。
「ほんと、おいしいお茶をありがとね、お妙ちゃん」
九兵衛は妙に、ねぎらいの言葉をかけた。
「いやいや、実は番茶なんだけどね。こういうものしか用意できなくてごめんなさい」妙は苦笑いしながら、「本当はもっと九ちゃんにはいいお茶をご馳走したいんだけど、いかんせん最近相場が上がっていてね」
「いやいや、番茶とは思えないほどの味だよ」九兵衛はちょっと話を変えて、「そういえば、小説の中で『「番茶」は英語で「savage tea(サヴェジ・ティー)」だ』と言った英語教師がいたなあ」
「いたいた! 『吾輩は猫である』でしょ!」妙は手をたたいて笑いながら、「正しくは『coarse tea(コース・ティー)』なんだけどねえ。夏目漱石ってそういう言葉遊びが上手いのよね」
「『ずうずうしいぜ、おい』を『Do you see the boy(ドゥー・ユー・シー・ザ・ボーイ)』
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